2015年09月19日更新

福岡 PART2 東長寺

<福岡 散策記一覧>
「福岡 PART1 聖福寺」


「福岡 PART1 聖福寺」からの続き。


聖福寺から大博通りに出て左折し、次の目的地「東長寺」へと向かう。


途中、大博通りで見かけた貼紙。


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「心ゆたかに猫と生きる男にレターを」


レター出す人いるのかなぁ…。


程なく、東長寺に到着。


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写真には写っていないが、
博多駅から近いこともあり、観光客がチラホラ。


その殆どが西洋人で、中国人が1組ぐらい。
日本人は2、3人。


山門には、仁王像…と言いたいところですが、
風貌、服装、持っている物から察するに、四天王ではないだろうか?


右手に宝塔、左手に宝坊を持つ北を担当する多聞天。


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手に戟(げき・ほこ)を持つ南担当の増長天。


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もう2体、広目天、持国天が見当たらないが、
四天王中の二天を独立させ二天王像として安置することもあるらしい。


山門をくぐると右手に大仏堂。


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実は大仏があるとは知らずに東長寺に来まして、
どんな大仏かも判らないまま大仏堂に入ったのですが、
いやー、圧巻でした。


デカイ!とにかくデカイ!


建物の外観からは想像できない大きさ。


残念ながら撮影禁止だったので、
写真は撮れなかったのですが、境内に写真が貼られていました。


IMGP4355_Rr.JPG


通称、福岡大仏。
昭和63年(1988年)着工、4年の歳月を経て平成4年(1992年)に完成。


全長16メートル。
木造坐像の大仏では国内最大級。
(奈良の大仏は高さ18mですが、木造ではありません)


東長寺には多くの文化財が安置されているけど、
福岡大仏は、歴史が浅いからか、文化財の指定を受けていない。


それでも一見の価値はある。


後壁面に祀られている5000もの小仏にも注目。


福岡大仏の左側から裏に周り、地獄極楽巡りをすることができる。


最初は、死後、冥土で極楽へ行けるか、
地獄行きになるかの裁きを受ける四十九日間を絵で説明。


その後、明かり皆無の通路を突き進む。


マジで真っ暗で、
2年前に行った二子玉川にある「玉川大師」の地下霊場を思い出す。


途中右側にある輪に触れると極楽へ行けるらしいんだが、
無事に触ることができました。


ちょっとしたアトラクションみたいで、中々楽しい。


で、こういうデカい、派手、一風変わっている、大仰な寺は、
概ね真言宗なのですが、この東長寺は、真言宗九州教団の本山でした。


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大同元年(806年)、唐から帰国した弘法大師が建立。


その弘法大師の坐像が安置されている本堂内。


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向かって右が弘法大師坐像、真ん中が本尊の木造千手観音菩薩像、
左が不動明王。


弘法大師坐像は本人が作ったもの、千手観音像は国宝指定。
二つとも秘仏ゆえ厨子の扉は閉ざされている。


唯一お姿を拝める不動明王も、弘法大師作という。


本堂向かって左手には、巨木と高さ約26mの五重塔。


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五重塔は、平成20年着工、平成23年5月竣工。
どおりで真新しいわけだ。


よく寺では五重塔を見かけるが、果たしてどんな意味合いの建物なのか?


五重塔は下から、基礎、塔身、笠、請花、宝珠で構成されており、
それぞれ、この世を形成する5つの基礎要素、地、水、火、風、空を表わしている。


由来は、古代インドの、ストゥーパと呼ばれる塔。
ストゥーバは、お釈迦様の骨「仏舎利(ぶっしゃり)」を納めたお墓のこと。


ストゥーパが姿を変え、日本で発達したのが五重塔。


元々お墓ということで、建物というよりは拝む対象。


因みにお墓で見かける卒塔婆もストゥーバに起因している。


屋根の上には、青銅で作られた相輪(そうりん)が飾られている。


これもそれぞれ構成する部分に意味があるのだが、
長くなるのでコチラのサイトをご参照ください。


巨木に向かって左奥には、福岡藩主黒田家墓所。


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二代藩主・黒田忠之の墓。


デカいねぇ。
それもそのはず、この五輪塔、個人の墓としては日本で2番目の大きさらしい。


東長寺は元々博多の海辺に建立されたが、
別の所に一時移った後、現在の場所に移転。


その基礎を築いたのが、黒田忠之。


黒田忠之は江戸前期の大名で、
寛永14年(1637年)の島原の乱に出陣し、活躍した人物。


しかしながら、この忠之、超我ままで荒くれ者だったため、
親からの世継ぎ継承の際に問題視され、
藩主の座を弟に奪われそうになり、お家騒動をおこしている(黒田騒動)。


忠之の墓の右奥には、忠之の長男、三代藩主・黒田光之の墓。


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奥のビルに墓が浮き上がるようだ。


その向かって右隣りが、八代藩主・黒田治高(はるたか)の墓。


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この方は、讃岐国多度津藩主・京極高慶の七男で、
28歳の時に後継ぎがいない黒田家に養子として入り家督を相続するも、
翌歳に29歳の若さでで亡くなっている。
(黒田氏は祖先は京極家といわれている)


となると黒田家は、またまたお家断絶の憂き目に会うわけですが、
一橋徳川家当主の徳川治済(はるさだ)の三男・黒田斉隆(なりたか)を
末期養子として迎え入れて難を凌いでいる。


ところが、その黒田斉隆は、さらに若い19歳でこの世を去っているが、
黒田家は現在も続いている。


本堂の前に戻る。
そこには六角堂。


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天保13年(1842年)建立の福岡市指定文化財。


内部にある六角形の仏龕(ぶつがん:仏像を安置する厨子)は、回転式とのこと。


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その扉には、先程訪れた聖福寺の僧で、
幻住庵に隠居した・仙儺想陲鮖呂瓩箸靴人名人の自筆書画が刻まれてある。


六角堂の裏手、大博通りに並行して建てられている壁沿いには、数多の観音石仏。


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東長寺は真言宗。


これらの石仏は、「四国八十八ヵ所」の本尊を模したものに違いなく、
左から数えてみたら92個あった…。


4体ずつ仕切られており、今度は右から数えてみたところ、
どうやら一番右の4体は、観音石仏ではないようだ。


真言宗の要素たっぷりの東長寺のお隣には、
煎餅屋のもち吉があったので立ち寄った。


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朝ご飯を食べていなかったのもあり、
小腹が空いていたので、少しだけ試食用の煎餅を食べてみた。


これが超美味い!


購買意欲が湧いたが、背負っているリュックは一杯で、
無理に入れると割れちゃうし、
これからまだまだ散策を続けようと思っているので、手荷物は避けたい。


煎餅を諦め、割れないピーナッツを購入。


もち吉を出て向かった次なる目的地は、
学問の神様、菅原道真を祀る太宰府天満宮。


博多から少し遠いが、これまで多くの道真縁の天満宮を訪れた身としては、
総本宮である太宰府天満宮への参拝は必然。
よって足を伸ばしてみることにした。


大博通りを博多駅とは逆方向に歩き、国道202号線を左折。


少し歩くと瓦屋根とビルが一体化した寺に遭遇。


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萬行寺。


iPhoneの地図を見ると萬行寺の近くには、
前に勤めていた会社の福岡出身の先輩が、
「博多に行くなら行ってみれば」と勧めてくれた櫛田神社があった。


しかしながら、太宰府天満宮への行き帰りの所用時間と、
飛行機のフライト時間までを考慮すると、
少し余裕を持った行動をしておいた方がよいと考え、櫛田神社は断念。


それにしても、博多の寺院の多さには驚いた。
京都に匹敵するのでは?


中洲を右手に見ながら国道202号線を進み西鉄福岡(天神)駅へ。


ホームへ行くと、ちょうど11時2分発の太宰府行きの電車が停車していた。


IMGP4384_Rr.JPG


先頭車両に乗り込み、一息ついていると、
韓国人の5人ファミリーが、ガイドブック片手に乗ってきた。


ファミリーのお父さんが、正面に座っていた女学生に、
何やら韓国語で質問していたが、その学生は困惑気味。


「こりゃ、通じないな」と判断したお父さんが、
矛先をこちらに向けてきた。


ゲッ!と思ったが、彼の発する言葉に「ダザイフ」というワードが。


多分そうだろうと予想はしていたが、
どうやらこの電車が太宰府へ行くかどうかを知りたいようだ。


すると「Dazaifu go?」と、突如英語に切り替えてきた。
最初から英語にしてよ・・・。


「This train goes to Dazaifu.」となんちゃって英語で答えると、
お父さんは、良かった!と安堵の表情をしたのも束の間、
「Non stop?」と聞いてきた。


「いや、ノンスップじゃねぇーだろう」と首を振ると、
今度は「No change?」と聞いてきた。


答は「Yes!」


その旨をお父さんが韓国語でファミリーに伝えると、
全員が「良かったぁ」という表情。


お役に立てて何よりです。


そういえば、近年、神社や寺に多くの外国人が、
観光にやってくるというニュースを耳にしたことを思い出したところで、
太宰府駅に向けて電車が動き出した。


以降、「福岡 PART3 太宰府天満宮〜観世音寺〜大宰府跡」へと続く。

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プロフィール

1974年、東京都生まれ。少年時代、ジャッキー・チェンの映画に魅了され、映画小僧の道を突き進む。大学卒業後、映画宣伝代理店に入社。『リーサル・ウェポン4』、『アイズ ワイド シャット』、『マトリックス』などを担当。

2000年、スカパー!の映画情報専門チャンネル「カミングスーンTV」転職し、映画情報番組の制作を手掛けたのち、2006年、映画情報サイトの運用に従事。その後、いろいろあって、2013年7月よりCS放送「エンタメ〜テレHD」の編成に携わっている。

本ブログは、多ジャンルの情報提供を志すT-SHIRT-YA.COMのオファーを受けて、2003年4月にスタート。2007年12月にブログ化。
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