2007年12月20日更新

裏#047 『再会の街で』のとある批評に対する反論

【伊藤Pの部屋】#174で取り上げた『再会の街で』 。




『再会の街で』
『再会の街で』
12/22より恵比寿ガーデンシネマほか全国にて
配給会社: ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント




とある辛口映画評論家のサイトで、この作品の批評を読んだ。


そこには、
「チャーリーのトラウマが、9.11に起因するものである必要がほとんどないのは
致命的欠点」


「彼の妻や子供が命を落とす理由が、たとえ普通の交通事故であったとしても、
同じストーリーを作ることが出来る」


「ではなぜわざわざ9.11なのかといえば、そのほうが客が入る=企画が通りやすい」


という記述があった。
(スンマセン、勝手に引用させてもらいました。
本来、引用する時は引用元を明らかにしなくてはなりません)


映画の感想は人それぞれだから、
他人の批評にとやかくいうのはどうかと思うんだけど、
明らかに記述に対して違うと思うし、
好きな作品なので、ちょっとだけ反論させてもらう。


9.11である必要はあったと思う。


例えば言うように交通事故で妻子が死んだ場合だけど、


(1)第3者が運転する車に轢かれて妻子死亡(完全なる被害者)
(2)妻がハンドル操作を誤って、第3者が運転する車と衝突して事故死(加害者的な立場)
(3)妻がハンドル操作を誤って、壁に激突とか、中央分離帯に激突とか、
   第3者を巻き込まずに死亡(自爆)


とかが考えられる。


(1)の場合、遺族は加害者側である運転手に何かしらの感情をぶつけることが出来る。
仮に加害者運転手が死亡したとしても、一個人に対して何かしらの気持ちを持つことが出来る。


また、加害者運転手が故意に事故を起こしている可能性は低い。
(飲酒運転とかだったら話は変ってくるけどね)


(2)と(3)の場合は、自爆なので第3者に対する感情の捌け口は発生しない。


で、9.11ですが、まず遺族の感情の矛先が曖昧になる。
テロを指示したウサマなのか?実行犯なのか?
それとも、そもそもの元凶であるアメリカ国家自体なのか?
テロが起きた理由ってのが、個人の範疇ではどうにもならないでしょう。


そうしたやり場のない怒りや哀しみが、チャーリーの精神をより苦しめていると思う。
諦めがつかないというか…


また、チャーリーの発言から、チャーリーの妻子はハイジャックされた飛行機に乗っていたことがわかる。
(ハイジャックされた3機のうち、どの飛行機に乗っていたのかは、すんません、失念しました)


ハイジャックされた飛行機は3機で、WTCに突っ込んだ2機の残骸は、
原形を留めていなかったという。
機体がそんな状況だったら、乗客の遺体はどうよ?


もう1機は墜落したわけですが、
日航機墜落事故を思い出せば、飛行機の墜落事故がどれほど凄惨であるかが判る。
判らないなら山崎豊子の「沈まぬ太陽」を読んでください。


要は何が言いたいかというと、9.11の飛行機に乗っていた犠牲者の遺体は、
交通事故の比にならないほど、激しく損傷している可能性が大で、
酷い場合は、歯、指、耳、皮膚など、身体の一部のみ、
もっと酷ければ遺体の一部さえも見つからない。


遺族の気持ちとしては、少しでも美しい形で、少しでも多くの身体を、
家に連れて帰りたいと思うでしょう。
そんなことは良識のある大人だったら、考えなくても判る。
判らないなら「沈まぬ太陽」か、森下玲子の「暁の里」を読んでください。


チャーリーの妻子の遺体がどのような状態で発見され、
どのように埋葬されたのかは、本編の中で言及されていないのでわかりませんが、
まともな遺体ではなかったことは想像に難くない。


愛する妻子の亡骸さえも手にすることの出来ない、
もしくは酷い形で対面した。
それもチャーリーを苦しめたでしょう。


また、交通事故の事故自体は突発的で、瞬間的なものだけど、
9.11の場合、ハイジャックされたことは明らかな訳でして、
激突、墜落するまでの間、妻子が強いられていた恐怖はいか程のものか?


特に小さい娘さんのことを思うと、
チャーリーじゃなくても、辛い気持ちになるよ。


交通事故は年間何万件も発生する。
人は交通事故を意識して生活している。
いつ自分にそれが降りかかってくるかもわからない危険性があることを理解して
日々暮らしている。


それに対して、テロで死ぬ危険性を考えながら日々暮らしている人は、
どれだけいるだろうか?


テロという理不尽極まりない出来事で妻子を失うのと、
交通事故で妻子を失うのとは果たして同じだろうか?


どちらの経験もないので、想像ででしか言えないけど、
同じではないような気がする。
(勿論、交通事故で死んだ人の遺族よりも、
 テロで死んだ人の遺族の方が辛いとかそういう意味ではない)


次いで、「9.11にした方が、企画が通りやすく、客が入る」ですが、
そんなことはない。


9.11を題材にした『ユナイテッド93』も『ワールド・トレード・センター』も、
話題性はあったけど、大ヒットはしていない。


『再会の街で』も、全米では3月に公開され初登場8位だった。
約747万ドル。
2週目で約1,346万ドル。
3週目にはTOP10から落ちている。
ヒットとは程遠い数字だ。


アメリカに住む親友の奥さんはアメリカ人なんだけど、
その奥さんは「思い出したくない」という理由で、
『ユナイテッド93』も『WTC』も見たがらなかったという。


日本人が思う以上に、アメリカ人は9.11アレルギーを持っている。


『ユナイテッド93』、『WTC』の成績を見れば、
9.11を題材にした作品が、興行的に厳しいことは一目瞭然。


その後、9.11をストレートに扱った作品は続かなかったし、
9.11を取り扱っていたとしても、上手く作品の中に溶け込ませるような表現が成された。


9.11をモロ題材にした場合、
企画が通り易いということはないし、集客力があるとは言えない。
むしろその逆でしょう。


最後に、
「これでは事件の遺族の気持ちを弄んでいるだけではないか」
という先のサイトの記述に対してだけど、
作り手は遺族の気持ちを弄ぶつもりで、この作品に取り組んだのかな?


9.11の遺族は大勢いる。


中にはチャーリーと同じように、トラウマを抱えて未だに苦しんでいる人もいるだろうし、
家族の死と向き合って、普通に暮らしている人もいるでしょう。


どちらにしても心のどこかに9.11に対する、複雑な感情を持っている。


特に、立ち直れない人に対して、
『再会の街で』は“今を生きる大切さ”を訴えかけているのでは?と思った。


当事者からすれば、「そんな簡単に済む問題じゃない」って言われるかもしれないけどさ。


『ユナイテッド93』も『WTC』も、
被害者家族のその後を描いていない。


見方を変えれば『再会の街で』は、
9.11の遺族を主人公にした初のメジャー作品かもしれない。


遺族たちがどのような心境で暮らしているのか、
それぞれ違うと思うけど、
こういう症状に陥っている人がいる可能性がある、
という事実を知ることが出来る作品でもある。


9.11はまだ終わっていない。


PS:上記サイトは一体どのサイトだ!
   →「映画批評」で検索して、引っかかるサイトです。

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プロフィール

1974年、東京都生まれ。少年時代、ジャッキー・チェンの映画に魅了され、映画小僧の道を突き進む。大学卒業後、映画宣伝代理店に入社。『リーサル・ウェポン4』、『アイズ ワイド シャット』、『マトリックス』などを担当。

2000年、スカパー!の映画情報専門チャンネル「カミングスーンTV」転職し、映画情報番組の制作を手掛けたのち、2006年、映画情報サイトの運用に従事。その後、いろいろあって、2013年7月よりCS放送「エンタメ〜テレHD」の編成に携わっている。

本ブログは、多ジャンルの情報提供を志すT-SHIRT-YA.COMのオファーを受けて、2003年4月にスタート。2007年12月にブログ化。
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