▼最新記事2017年04月28日up!

「白鳥 白酒 ふたり会 春のお引越し、Wホワイト落語会18」

4月12日、久々に落語を見に行った。


「三遊亭白鳥 桃月庵白酒 
 ふたり会 春のお引越し、Wホワイト落語会18」


会場は、我母校の隣にある成城ホール


開演時間の19時15分までに、
職場のある銀座から成城まで足を運ぶのは、
なかなか難儀ではあるが、
頭から見たいので、仕事をうっちゃる。


日比谷駅から千代田線に乗り、
代々木上原駅から小田急線藤沢行急行に乗り換え。


車内は殺人的な混雑。
身動きひとつ出来ない。


小田急線沿線の方々は、
行きも帰りも通勤ラッシュに堪えているのか?


下北沢駅ではホームにいた人が、
ひとりも乗ることが出来ていなかったぞ。


そんな状況下、成城学園前駅に到着。


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在学時代は、小田急線が地上を走る橋上駅だったが、
平成14年(2002年)にプラットホームあが地下化。


随分と変わっちまった。
ってか、前の駅舎や改札がどんなだったかを思い出せない。


そんな成城学園前駅で下車するのは、
2008年に『チームバチスタの栄光』の取材で東宝撮影所へ行った以来か。


しかも東宝撮影所は南口。
母校や成城ホールが北口側に至っては、十数年ぶり!?


ということで、開演までまだ少し時間があったので、
プチ散策。


北口側駅前にあるこのビルは、在学当時にもあったと思う。


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花屋があったのをなんとなく覚えている。


花屋の脇の道を祖師ヶ谷大蔵駅方面へ進む。


少し行った先の右側に学習塾SAPIXが。


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正確な場所は曖昧なんだけど、
この辺りに成城まっぷという中華料理屋があった。


大学生時代、軽音楽部に所属していたんだけど、
練習が終わった後、よく成城まっぷでバンドメンバーと夕飯を食べた。


店の前には何故か踏切の警報機のレプリカが、
置いてあったと記憶している。


成城まっぷの斜めはす向かいには、
とても小さなCD屋さんがあって、
ギターの弦もバラで売っていた。


練習中に弦が切れて、備えがない時は、
スタジオから走って買いに行ったっけ。


このCD屋では、ピンクフロイドの「対」、
ロクセットの「Crash! Boom! Bang!」を購入した覚えがある。


存続しているはずがないと思っていたが、
やはりCD屋はなかった。


そのまま進むと成城大学の前の通り。


コンビニがある。


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ファミリーマットだが、かつてはローソンだったような…。


学生時代、部活の同期と賭けをして、
負けた奴がこのコンビニにでんぐり返しして入店するという愚行に及んだ。


コンビニの隣にはジーンズメイト。


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確か前からあったはず。


今や、RIZAPグループの連結子会社。


閉店が相次いでいるようなので、成城店は貴重な存在?


そのまま母校の正門まで行って、撮影。


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手前右が図書館。
正面が4号館。
その前が中庭。


文化祭の時、中庭の特設ステージで演奏をした。


正門の前には古めかしい書店。


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雰囲気からして、25年前もあったはずなんだが、
あまりこの店の記憶がない。


そろそろ落語の開演時間。


成城大学のお隣、成城ホールへ行かねば。


が、その前にどうしても確認しておきたい店があった。


成城ホールの目と鼻の先の林華苑。


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営業し続けていた。


未だに二番目にうまい店。


先述の成城まっぷと並び、
練習後に夕飯を食べに来ることが多々あった店。


当時の値段はよく覚えていないが、
今でもそこそこリーズナブル。


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機会があったら、食べたいなぁ。


林華苑の存続に感動しつつ、成城ホールへ。


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別名、砧区民会館。


成城大学軽音楽部で、
入部して一番最初に演奏できるステージがここだった。


大学一年生の時、
ビートルズの「Back in the U.S.S.R.」、
レベッカの「76th Star」とか演奏したなぁ。


どっかに録音したテープが残っているはず。


入場すると随分と印象が異なった。
どうやら2009年に改築しているようだ。


かつての光景は皆無。
でも、落語は楽しかった。


定時に三遊亭白鳥と桃月庵白酒が、マイクを持って登壇。


数日前に放送された春風亭一之輔に密着した
NHKの「プロフェッショナル」を話題にして笑いを取る。


「一之輔が番組の中でやっていたことなんて、
 俺たちだってやっているよなぁ?」


てな感じで、若干、貶し気味なんだけど、
そこにはやっかみが滲み出ていた。


白鳥さんは、最近は事前にブログで、
かけるネタを知らせることがあるそう。


今日は、是非やって欲しいというリクエストに応えて、
「皇室ネタ」をやりますと。


慌てる白酒さんや軽くどよめく観客に対して、
白鳥さんは「あくまでも皇室を応援した内容である」ことを強調。


この噺は「隅田川母娘」という噺で、
今から数年前、赤坂御所の真ん前にある会場で聴いたことがある。


強烈な内容だったので、また聴けるのは嬉しい。


とはいえ、センシティブな噺。
そんな話でこの会を〆るのはあまりよろしくないってことで、
トリは白酒さんが務めることに。
(プログラムを見ると、最初から白酒・白鳥・白鳥・白酒の順だったけどね)


一席目、白酒。


人間は勝手に思い込んで、
錯覚してしまうことがあるというマクラから「壺算」。


本来、「一荷入り」と言わなくてはいけない骨董屋のセリフを
「二荷入り」と言ってしまい、
一部の観客が「アッ」っていう反応をしていた。


しかしながら、滑らかにテンポよくまとめており、
一発目にして、掴みはOK。


続いて白鳥。


予告通り「隅田川母娘」。


これからこの噺を初めて聴く方もいると思うので、
内容は話しませんが、
なんとマクラまで数年前に赤坂での会と一緒。


ところどころ爆笑したし、面白かったのですが、
やはり初めて聴いた時のインパクトはなかった。


仲入り後、再び白鳥さんが登場。


師匠である三遊亭円丈の話から自叙伝的な「悲しみは日本海に向けて」。


弟子入りしたばかりの頃、円丈師匠から受けた変な稽古のことや、
前座、二つ目時代の苦労話を面白おかしく語り、かなり笑った。


トリは白酒さん。


白酒さんといえば、酔っぱらい噺が真骨頂なので、
酒にまつわる噺をやって欲しいと期待していたんだが、
なんとまさかの「死神」。


実はあんまり好きな噺じゃないんだけど、
完全に白酒版「死神」になっており、結構楽しめた。


死神が肌の艶やかなデブという設定が良いし、
全体的に軽いトーンで、落語の中でも屈指の怪談噺なのに、
ほとんどコメディだった。


おどろおどろしさ皆無。


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19時15分開演で、終演が21時ちょい過ぎ。


冒頭10分ぐらいお喋りがあり、
仲入りも10分。


2人が高座に上がっていた時間は、
合わせて1時間半ぐらい。


軽い噺ばかりだし、時間もコンパクトだったけど、
2人とも調子が良く、
ネタのライトさや時間の短さはあまり気にならなかった。


やっぱり落語は楽しいなぁ。

▼最新記事2017年04月13日up!

#720『映画クレヨンしんちゃん 襲来!!宇宙人シリリ』

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『映画クレヨンしんちゃん 襲来!!宇宙人シリリ』
2017年4月15日より全国東宝系にて
配給:東宝
©臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK2017


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ある夜、野原家にUFOが墜落する。


UFOに乗っていたのは、宇宙人の子供シリリ。


共に何があったのか理解できず、
野原一家、シリリの双方が怯え、動揺する中、
シリリが放ったビームによって、
ひろしとみさえが子供になってしまった。


元に戻すためにはシリリの父の力が必要。


九州(沖縄?)にシリリの父がいるという情報を得った野原一家とシリリは、
ニッポン横断の旅に出るが…。


劇場版「クレヨンしんちゃん」25周年記念作品。


なんだけど、これといって特別感はない。


20周年記念作なのに『嵐を呼ぶ!オラと宇宙のプリンセス』は、
ここ10年間で最も酷い作品だった。
(興行的にも劇場版「クレしん」史上初の興行収入10億割れとなった)


どうやら、製作陣はアニバーサリーイヤーにあまり興味がないようだ。


四半世紀も続いているんだから、
少しはスペシャル感出せば良いのにと思いつつ、
“どんな時でも等身大でいられる野原一家”を体現しているのかな。


そんな特別感のない『襲来!!宇宙人シリリ』ですが、
映画ならではのアクションシーンがもっとあってもいいと思うし、
スピード感に欠けるところもあったけど、
トータル的にみて出来は良かった。


監督は、橋本昌和。


2012年の増井壮一監督作『嵐を呼ぶ!オラと宇宙のプリンセス』以降、
監督は…、


2013年『バカうまっ!B級グルメサバイバル!!』橋本昌和監督
2014年『ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』高橋渉監督
2015年『オラの引越し物語 サボテン大襲撃』橋本昌和監督
2016年『クレヨンしんちゃん 爆睡!ユメミーワールド大突撃』高橋渉監督


ってな感じで、完全に交互ですな。


この5年間、一定のクォリティを維持しているので、
引き続きこの体制を貫いて欲しい。


さて、この1年の間に「クレしん」には、
大きな事件が発生した。


アニメ化されてからずっと野原ひろしを演じきた藤原啓治が、
病気療養となり、
代役として森川智之(としゆき)にスイッチしたのである。


実は森川智之が、声をあてた野原ひろしを本作で初めて見た。


野原ひろし=藤原啓治に慣れ親しんだ者として、
藤原啓治以外、野原ひろしは有り得ないと思っていたのですが、
森川さん、ムッチャウマ!


勿論違う声帯なんで、微妙な声質やニュアンスは異なる。


でも、藤原啓治が造り上げてきた野原ひろし像を維持している。


それが凄い。


声でいうとゲスト出演した雨上がり決死隊の宮迫博之も、
素晴らしかった。


事前に情報が無ければ、
宮迫さんが声を当てているってわからないと思う。


知っていても、「これ宮迫さん?」ってぐらい上手い。


セリフの量も多し、ゲスト出演の領域を越えている。


本職の芸人に留まらず、俳優業もこなしてきた。
とても器用な人なんだろうなぁ。


相方の蛍原さんは、謎の男モルダダを演じているが、
セリフも少ないし、まぁ、どうでもいいかな。


もうひとりのゲストは、志田未来。


「クレしん」に出ることが夢だったらしいんだが、
出番が少なくってちょっと可哀想。


完成披露試写会の舞台挨拶で、
野原ひろしみたいな人と結婚して、
しんのすけのような子供が欲しいと言っていたぐらいのファン。


だったら、もう少し重要な役柄を与えても良かったのでは?


で、さらに“声”でいうと、
エンディングで流れた高橋優の『ロードムービー』が心に沁みた。





心に沁みる歌詞を力強く歌う。


特に“もう一人きりじゃない”ってとこがよい。


でもって、YouTubeで高橋優のPVをたくさん見た。


「福笑い」。


歌詞はそのまま記載しませんが、
“国共通語は、英語じゃなくて笑顔”。


おおぉ!!
金子みすゞ的な名言!


高橋優初監督のPV「明日はきっといい日になる」(オモクリ監督版)もいいっすねぇ。





前向きなのが良い。


一方で、ブラッキーな曲もあった。
でも基本は前向き。





もう一本、凄いタイトルの曲がYouTubeにアップされていたんだけど、自主規制。


って、劇場版「クレしん」じゃなくて、高橋優の紹介記事になっちまった。


でも、『クレヨンしんちゃん 襲来!!宇宙人シリリ』をきっかけにして、
高橋優の世界を垣間見ることが出来たのは、デカい。

▼最新記事2017年04月10日up!

明治神宮

1月某日、原宿へ行った。


所用まで時間が少しあった。


そういえば、明治神宮へ参拝したことがない。


行こう。


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デカい鳥居は良いねぇ〜。


広いということはなんとなく認識していたが、
参道が思った以上に長い。


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そして、中国人が多い。


毎朝、出勤時に皇居の周りを歩いているんだけど、
二重橋付近で中国人の団体を見ない日はない。


明治神宮といい皇居といい、
彼らはこの地が何であるかを理解してやって来ているのだろうか。


まぁ、中国のトップや政治家がギャーギャー言っているだけで、
市井の人々には、あまり反日感情がないのかもしれない。


途中にあった明治神宮の縁起。


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よく見ると、神宮の「宮」の上と下の口を繋ぐ「ノ」がない。


正式名称は、「ノ」なしの「宮」。


なぜ「ノ」がないのかは、
明治神宮の公式サイトに載っている。


明治神宮の鎮守の森は、大正4年(1915年)に造成を開始。


元々荒地だったが、全国から木々が奉納され、
約11万人にも及ぶ青年団によって植林され、
広大な森が出来上がった。


明治神宮の拝殿は、大正9年(1920年)に神霊として、
明治天皇と昭憲皇太后が祀られた。


都心とは思えない緑豊かな参道を歩く。


前日、少し深酒した影響で、
どうも腹具合がよろしくない。


トイレはないかと参道を歩いて行くと、
明治神宮文化館の奥にあった。


幸い個室が空いていた。


便器に座ると目の前に注意書き。


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育った環境の違いって凄いよなぁ。


でもそれは外国人に限ったことではない。


小学生の頃の正月、鎌倉にある父方の祖父母の家に親戚が集まった。


祖父母の家とても広く、洋式と和式の2つのトイレがあった。
洋式の方のトイレへ行き、ドアを開けたら先客がいた。


親戚のおばさんだった。


そのおばさんは、洋式便器に逆向きに跨っていた。
つまりタンクの方を向いて座っていたのだ。


今でこそ洋式便所は当たり前だったけど、
その頃は和式便所の方が多かった。


きっと親戚のおばさんは、洋式の便器に慣れていなかったのでしょう。


ってか、鍵かけようよう。
と子供心に思ったことを思い出した。


そんな思い出を思い出すとともに、出すモノ出して参道に戻る。


菰樽(こもだる)の山。


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明治天皇・皇后への奉納品だ。


菊正宗、月桂冠といったポピュラーなものもあるが、
大半はまるで聞いたことのない酒造の菰樽だった。


奉納された日本酒を全部飲んだら、痛風になっちゃうね。


日本酒の菰樽の対面にもアルコール。


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こちらはワイン樽。


明治天皇は、西洋文化を積極的に取り入れた。


食文化においても洋食を食べ、
西洋酒の中ではワインを好まれたそうな。


これらのワイン樽は、
フランス共和国ブルゴーニュ地方のワイナリーから献納されたもの。


参道を進むと再び鳥居。


二の鳥居。


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日本で最も大きい木造の明神鳥居。


大正9年に建てられた鳥居と同じ形式・寸法で、
昭和50年に建替えられた二代目。


二の鳥居から参道を歩くこと5分で、
ようやく南神門(みなみしんもん)が見えてきた。


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とても綺麗ですが、
2016年に明治神宮鎮座百年記念事業の一環で、修復工事が行われたばかり。


がっ!!!!


この記事を書いている間の2017年4月4日(月)に南神門、二の鳥居など、
境内4カ所の柱に液体をかけられるという事件が発生!


1日に京都市の下鴨神社と奈良県吉野町の金峯山寺(きんぷせんじ)、
3日には沖縄県那覇市の首里城でも液体がかけられた跡が見つかっている。


誰じゃい!!!!!!!


こんなことをして何が楽しいのだろうか?


明治神宮は、4月だと16時50分に閉門となり、
境内へ入ることは出来ないから、
参拝可能時間内にやられたということだ。


目撃者はいないのかな?
監視カメラに犯人は映っていないのかな?


何にしても、憤りを感じる。


話を散策に戻す。


南神門をくぐると拝殿。


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大正9年(1920年)に完成し、その後、昭和20年(1945年)4月、空襲で消失。
翌昭和21年(1946年)に仮の拝殿が建設された。


現在の拝殿は、昭和33年(1958年)建立。
(2017年4月20日頃まで、修復工事中)


アメリカ軍は皇居を空襲の標的にしなかったけど、
明治神宮には爆弾を投下した。


この差はなんだ?


なんとなくの個人的見解はあるんだけど、
まぁセンシティブなんで明言は控えよう。


拝殿の前には、大正9年(1920年)に植えられ、
大木に成長した御神木(楠)。


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二本の楠が合体して巨大な御神木になっていることから、
夫婦楠として親しまれている。


参拝後、東神門から帰る。


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北は拝殿があるから、神門は東西南の三つ。


明治神宮は、初詣の参拝者数日本一を誇る神社。


一体参道のどこら辺りから参拝者の列が出来ているのだろうか?


伊勢神宮、出雲大社に比べると、歴史的に日の浅い明治神宮が、
初詣参拝者数一位なのはなんでだろう?


都心だからか?


そして、今回は時間がなく、すっ飛ばしてしまいましたが、
パワースポットと呼ばれる清正の井など、見所はまだまだありそう。


まぁ、近いし、いつでも行けるんで、いつか行こう。




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2017年4月13日(木)追記。
本日、明治神宮内の建造物に油のような液体をかけたとして、
女性2名に逮捕状が出された。


2人は中国人。


経済新聞ニュース記事


増上寺、下鴨神社(京都)、首里城(那覇)など、
全国6件の液体被害も、この二人の可能性が高いようだが、
既に出国。


日本の警察は逮捕できないでしょう。


日本人だけでなく多くの海外の観光客が、
敬意を持って訪れる寺社や城に対して、
このような行為をするのは許し難い。


出国前に捕まえて欲しかった。


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2017年4月27日(木)追記。


先日、東京駅丸の内南口の真ん前にある博物館
「インターメディアテク」(東京大学総合研究博物館)へ行ってきた。


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東京都千代田区丸の内2-7-2 KITTE 2・3階


東京大学が、明治10年(1877年)の開学以来蓄積してきた
学術標本や研究資料などを展示している博物館。


入場無料とは思えない程、充実していた。


展示物の中に、第二次世界大戦時、
東京がどれほど焦土と化したかを記した地図があった。


明治神宮の辺りを確認すると拝殿と一の鳥居が、
ピンポイントで焼失となっていた。


昭和20年5月24、25日、
後に「山の手空襲」と呼ばれる空襲があった。


2日間で約1000機のB29が来襲し、
新宿、渋谷一帯に6903トンの焼夷弾を投下、
4000人以上が亡くなった。


多分、この空襲で明治神宮の拝殿と鳥居が焼失したんだと思う。


鎮守の森は、燃えなかったのかな?

▼最新記事2017年03月28日up!

八幡山〜千歳台

2017年の年明け2日、千歳烏山に住んでいる親戚の家で新年会があった。


14時集合だったので、
その前に親戚の家から徒歩圏内の世田谷区立千歳温水プールで、
初泳ぎをすることにした。


公式サイトにはバス路線の交通アクセスしか乗っていないが、
バスは時間が読めないし、乗り慣れていないので避けたい。


電車+徒歩が良い。
調べたところ吉祥寺からは、京王線の八幡山駅が一番行き易そう。


千歳温水プールは、八幡山駅から1.4キロぐらいのところある。
毎朝通勤時に6.5キロぐらい歩いている身としては、1.4キロはご近所さん。
(四谷駅から竹橋経由で皇居を回って銀座のオフィスに出社)


ということで、八幡山駅で下車。


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世田谷区の町名に八幡山があるので、
世田谷区の駅かと思ったら、杉並区だった。


丁度、杉並区と世田谷区の区界。
杉並区内で不自然に突出しているところだ。


武蔵野市吉祥寺の自宅からちょっと歩いたら杉並区なので、
歩いて行くにはかなり遠い八幡山駅が、
杉並区ということに驚いた。


改めて東京都の地図を眺めてみた。
杉並区、広いね。


武蔵野市の倍以上あるんじゃないかな。


八幡山駅から細い道を南下すると、
すぐに通り沿いに廃アパート。


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駅から数分ではなく、数十歩の距離、
しかもここは杉並区と世田谷区の区界ですぜぇ。


にもかかわらず廃墟がある。


アパートの前には、廃車が放置。


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事故車?ってぐらい不自然に変形してしまっている。


きっとアパートのオーナーは既に他界し、
車の所有者も確信犯的にここに捨てていったのでしょう。


更に道を進むとまた廃アパート。


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23区の中でも、富裕層が多い世田谷区内の物件なのに…。


大丈夫なのか、日本は。


この道は、環八の抜け道のようで、
細い割に交通量の多い。


歩行者的には、車がウザイ道を引き続き歩いていると、
T字路にぶち当たり、そこにまた廃アパートが。


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都営八幡山アパート。


どうやら、この八幡山アパートの建替えを機に、
世田谷区はこの界隈の再開発を検討しているようだ。


人間と一緒で建物も老朽化を避けることは出来ない。
建替えとかは仕方がないと思う。
<br>
ここに住んでいた人たちは、
住んでいた住居がなくなることに対して、
どのような思いを抱くのだろうか。


20年ぐらい前に自宅を建て直した時、
祖母がすごく寂しそうな顔をしていた。


旧家は築年数が相当経っており、大分くたびれていたので、
家が新しくなることに喜びを感じていたんだが、
今思えば、祖母は長年住み慣れた家が無くなるのが、
寂しかったのでしょう。


そんなことを思い出す。


一旦、環八を右手にかすめつつ、緑道へ。


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緑道は十中八九、かつて川。


googleの「昔の川」で調べたら案の定、ここにかつて烏山川が流れていた。


烏山川は、氾濫することもあったようで、
昭和期後半に暗渠化が進んだ。


緑道を進むと、かつて古の人々がここを棲家にしていたことを教えてくれた。


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八幡山遺跡。


縄文時代にこの地に集落があった。


そのまま緑道を歩くと親水公園。


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じゃぶじゃぶ公園という名称。
夏場は水が流れ、水遊びをする親子で賑わうのでしょう。


水路沿いに手押しポンプを発見。


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ボディに刻まれた「SUN TIGER」で検索すると、
手押しポンプの情報がすぐにヒットするが、
「SUN TIGER」がブランド名なのか、
手押しポンプの方式名なのかは、よくわからなかった。


このようなポンプはレトロで昭和な感じだけど、
今でも数社が生産をし続けている。


阪神・淡路大震災の際、
井戸水の重要性が再認識され、需要が増えたとのこと。


じゃぶじゃぶ公園を抜けると、
目的地の世田谷区立千歳温水プールに到着。


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入場料を払い、着替えてプールに行くと、
正月だというのに結構な賑わい。


この日の朝、10キロぐらい走ったのもあり、
あまり距離は泳げなかった。


いや、ランニングに関係なく、
長距離のスイムがそもそも苦手なのだ。


自由形だと連続で泳ぐのは、50メートルが限界。


本当は全身運動で、体への負担も少ない水泳の方が良いんだけど、
走る方が好きだ。


千歳温水プールにはスパ的なものもあり、
そこでのんびりしたり、また泳いだり。


規模こそ小さいが、ウォータースライダーや流れるプールもある。


流石、世田谷区。


千歳温水プールから親戚の家へと向かう際、
環八を越える。


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千歳台の交差点。


左側は芦花公園(都立蘆花恒春園)。


歩道橋から見た千歳清掃工場。


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ここでゴミを燃やした際に発生する熱を利用して、
千歳温水プールの水が温められている。


煙突高さは、130メートルだが、
昭和30年夏の操業当時は、もっと低かった。


当時からゴミ処理場としては最先端で、
煙や塵の飛散を最小限に留めていたそうな。


環八を挟んだ反対側にも巨大建造物。


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東京ガス廻沢のガスタンク。


かつてはこの界隈は、廻沢(めぐりざわ)という地名だったが、
昭和46年(1971年)に消滅しており、現在は粕谷。


しかしながら、今でもこのガスタンクは、
廻沢ガスタンクと呼ばれることが多い。


正式名称は球形高圧ガスホルダー。


一番最初に建設・設置されたガスタンクは、昭和31年6月に完成。


本体はアメリカで成形され、仮組立の後、
ここで2基組み立てられたが、当時のタンクはもうない。


今は全部で5基ある。


昭和36年のこの付近の写真が掲載された写真集
「1955-1964 写真で見る高度成長期の世田谷」が手元にある。
(数年前に世田谷郷土資料館で購入)


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この写真集掲載のタンク建設当初の写真を見ると、
まぁ、長閑な田園風景ですわ。


このガスタンクに関しては、
コチラのサイトに素晴らしい解説が書かれています。


ここから数分歩いて、親戚の家に到着。


ローストビーフ、寿司、お雑煮、
そして、美味しいお酒をたらふく頂きました。


毎日正月だったら、体型がガスタンクになってしまうな。


さて、本記事ですが、当初全くブログに書くつもりはなかったのですが、
八幡山駅付近の廃屋、放置された車を見て、
都会、しかも世田谷区でこのような惨状は、
あまり知られていないと思い綴ってみました。

▼最新記事2017年03月02日up!

上田

2016年12月某日、所用があり長野県上田市へ行くことに。


長野県に行くのは、かれこれ10年ぶり。
軽井沢にある親戚の別荘へ遊びに行った以来。
上田市に至っては、初訪問。


これまた初となる北陸新幹線に乗って、上田市へと向かう。


時刻は朝の6時50分。


朝食は、駅弁の鳥めし。


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いつもは地方ならではの特産物を取り入れた駅弁を選ぶんだけど、
ややマンネリ化してきたので、
少し趣向を変えて、ごく普通の弁当をチョイス。


鶏そぼろ、鶏照焼、蓮根入りの鶏つくねを盛り込んだ鶏づくし弁当。


朝からヘヴィな感じですが、
意外とあっさりとしておりました。


駅弁で腹を満たした後は、上田駅までひたすら音楽鑑賞。


この日の旅のお供はマノウォー。


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「The Triumph of Steel」は前から持っていたが、
それ以外のアルバムは、DISC UNIONでアホみたいに安く売っていたので、
まとめて大量購入した。


途中、車窓からは、霊峰・富士山がくっきりと見えた。


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富士山を見ながら聴くマノウォーは、最高です。


特に「Sign of The Hammer」収録の“Mountains”はマッチする。


約40分後、高崎駅に停車。


少し遠くに高崎白衣大観音が見えた。


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高崎観音は、その存在こそ知ってはいたが、
きちんとした知識は持っていなかった。


調べたら高野山真言宗の慈眼院の境内にある観音様。


やっぱりデカイ仏像=真言宗。


8時半、上田駅に到着。


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所用まで少し時間がある。
折角なんで、大河ドラマ「真田丸」で話題の上田城跡公園へ行ってみることに。


駅から歩くこと10分足らずで到着。


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二の丸橋からの一枚。


「真田丸」の影響で連日大混雑と聞いていたが、
朝早目だからか、あまり観光客はいなかった。


二の丸東虎口から入って、
すぐ左手に信州上田「真田丸」大河ドラマ館があったが、
時間はないし、実は「真田丸」見てないしでスルー。


大河ドラマは、これまで1つも見たことがないのであります。


開店準備中の屋台から漂う
ご当地グルメの美味そうな香りを嗅ぎながら直進すると、
上田城の象徴ともいえる本丸南櫓(左)、東虎口櫓門(中央)、北櫓(右)。


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上田城は、安土桃山時代の天正11年(1583年)に、
「真田丸」の主人公・真田幸村の父である真田昌幸が築城。


真田軍と徳川軍による2度の合戦の舞台となっている。


2回とも巧みな戦術により真田軍が勝利を収めているが、
関ヶ原の戦いで、真田昌幸がついた西軍破れたため、徳川軍によって破却。


後に領主となった仙石忠政によって一部再建されるも、
次の松平氏の代で幕末を迎える。


明治8年、民間に払い下げられて廃城。


櫓の一部は別の場所へ移築され、女郎屋として使われた。


明治12年、商人・丸山平八郎がこの付近の土地を購入。
現在の上田城跡公園への礎となった。


遊郭となった南北櫓は、昭和24年(1949年)に、
東虎口櫓門は、平成4年(1992年)に再建された。


かなり端折りましたが、上田城の歴史は以下のサイトに詳しいので、
ご興味がある方は、閲覧してみてください。


「上田城 城下町絵図アーカイブ」


本丸南櫓の屋根には、
真田家の家紋“六文銭(ろくもんせん)”幟がはためく。


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六文とは三途の川の渡り賃。


幟に六文銭が描かれているのは、
武士としていつ死んでも、六文を持っているから、
無事に三途の川を渡れるよという意味らしい。


東虎口櫓門の右手には、真田石。


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城主は城の正門の石垣に巨石を用い、
その大きさで権威を示したという。


現在の真田石は、仙石忠政時代のもの。


東虎口櫓門をくぐるといきなり鳥居。


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これまであまり城を訪れたことがなく、
城内に神社があるのかと少し驚いた。


鳥居の右側に「ポケモントレーナーの皆さんへ」という、
マナー啓発の注意書きが置かれていた。


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“安全面には十分注意いただき、
 立ち入り禁止区域には入らないでください。”


この頃、既に「ポケモンGO」は廃れていたので、
プレイしている人はいなかったけど、
ピーク時はマナー違反者が横行していたのでしょう。


さて、この神社は眞田神社という。


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主神は、真田昌幸と幸村。
祭神は、仙石・松平の歴代藩主。


神社は複数の神を祀っていることが多く、
祀られている神を祭神、
祭神の中でも中心的な神が主神となる。


ふと、武蔵野八幡宮の主神と祭神が何であるかが気になった。


地元なのに知らない。


調べた。


誉田別尊
比賣大神
大帯比賣命


うーん、少し勉強が必要そうだ。


話を上田城へ戻そう。


眞田神社の境内に置かれていた兜のオブジェ。


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角は鹿でしょうか?


お神輿なのかも。


同じく境内にあった御神木眞田杉。


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樹齢450年。
築城当時の杉。


老木のため、台風などで倒れる恐れがあり伐採された。


上田城跡公園の全体を把握したく、
眞田神社の境内を出て、公園の奥の方へ行ってみることにしたんだが、
公園のパンフレットを持っておらず、当てずっぽうで行動したため、
時間が無いのに、相当要領の悪い散策になってしまった…。


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まず一旦、鳥居まで戻ると、
係の人が、南北櫓の内部を見学することが可能であることを教えてくれた。


但し、有料。


無料である公園内の散策を優先したく、とりあえず後回しにして、
眞田神社を左手に見ながら進み、西櫓を見上げる。


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西櫓も見学可能なようなので、
時間に余裕があったら見てみよう。


そのまま公園の奥へと歩を進めると花木園があり、
一角に石碑が立っていた。


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成田喜太郎先生彰徳碑。


少し通路から離れた丘の中腹にあり、
やや近寄りがたい。


誰だかわからないけど、
後でネットで調べればいいやって、
写真だけ撮影。


しかし、ネットで検索しても、
成田喜太郎が何者であるかを説明するサイトはなかった。


成田喜太郎の碑の近く、小泉橋からは二の丸堀跡が見える。


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本丸の周りにも堀があるので、
上田城は二重の堀に守られていたってことか。


道なりに進むと、胸像登場。


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羽田武嗣郎(はたぶしろう)先生之像。


成田喜太郎とは異なり、こちらはヒット。


長野県出身の政治家でした。


羽田氏の像の右奥には、上田招魂社。


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戊辰戦争から日清・日露、
大東亜戦争(あえてこう書く)の戦没者の英霊を祀っている。


拝殿の手前には、
「凍傷者 カァヤン・カァヤンと 呼びて逝く」
という俳句が刻まれた石碑が。


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俳句なのか?季語は凍傷者?


上田市出身の俳人で、シベリア拘留体験者の板垣峰水による一句。


なんと板垣峰水さんはまだご健在で、
新聞の折込情報誌「週刊長野」のWeb版に、
板垣峰水さんへ取材した記事がアップされていた。


境内でもうひとつ気になるものが。


傾いた献燈。


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「上小傷痍軍人團」という文字が読める。


傷痍軍人が奉納したのだろうか?
何故、傾いているのか…。


本丸の堀に沿って進むと、何やら案内板が。


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本丸土塁の隅欠(すみおとし)。


隅欠ってなんだ?


土塁の北東(丑と寅)の隅を切り込み、
「鬼門よけ」としたもので、
上田城の大きな特徴の一つだという。


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堀沿いに歩くと、東虎口櫓門と南北櫓が見えてくる。


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これで一周。


時計を確認するとまだ所用まで時間があるので、
再び東虎口櫓門を抜けて、城内へ。


眞田神社の拝殿の左奥へ突き進むと、真田井戸。


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抜け穴的な役割を果たしたと言われている。


解説板によると、敵に包囲されてもこの抜け穴を利用して、
兵糧を運び込んだり、城兵が出入りしたようだが、
一歩間違えれば敵の侵入経路にも成り得る。


諸刃だなと思ったが、狭い通路を敵の大群は通れないか…。


井戸の中を覗くと、雑草に覆われておりました。


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井戸のすぐ傍にある西櫓が見学可能だったが、
南北西櫓の内部の入場券を買っていなかったので後回し。


一旦、来た道を戻り、上田城跡公園の中心である本丸跡へ。


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何もない広場。


上田城は天守閣があったのかどうかも不明。
それもまた歴史ロマン。


本丸跡から西櫓の脇にある急階段。


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この階段の先は駐車場。


今回の上田行が決まった際に、
本屋で「ブラタモリ2 東京駅 富士山 真田丸スペシャル」を手に取った。


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購入するか散々迷ったんだが、
東京駅はともかく、富士山なんて行かないし、
価格が1,512円(税込)と高額だしで、結局買わず立ち読み。


この本によると上田城跡公園内に鉄道遺産があり、
駐車場の方面だと書いてあった。


鉄道遺産好きとしては、見ておきたいので、
階段を下りたんだが、まぁ、急でした。


駐車場一帯は、かつては尼ヶ淵というお堀だった。


最近、毎朝出勤時に皇居を歩いている。
お堀は最高の防衛施設だなって思う。


上田城も然り。


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この高低差。
しかも水が張られていて、上には櫓。


お堀を泳いで渡っても、櫓から攻撃されるし、
渡ったところで、崖を登らなくてはならない。


そもそも鎧を身に纏って、お堀を泳ぐことなんて出来ない。


しかもこの尼ヶ淵は、江戸時代、千曲川の分流、
つまり天然の川だったという。


ってことは、“流れ”があったってことだ。


堅守な城であったことが伺われるが、
一方で川を利用した堀だった故の悩みもあったようだ。


千曲川が増水した際に、
川の水が崖を削ってしまうため、
歴代城主はその対応に追われたという。


水害は江戸時代に限らず、平成の時代でも上田城を襲う。


南櫓下の中段石垣は、近年、長雨により一部ば崩落したため、
修復工事が施されている。


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石垣沿いに歩き続けると、お目当ての鉄道遺構、
昭和3年(1928年)開通、昭和47年(1972年)廃線となった
真田傍陽線(さなだそえひせん)の公園前駅のプラットホーム。


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よく見ると二の丸橋のアーチの側面に、
電線を通すための器具“がいし”が確認できる。


上田城跡公園以外にも、真田傍陽線の遺構は結構残っており、
コチラのサイトでは、路線跡を丹念に追っている。


このサイトの管理人さんもそうなんだろうけど、
なんで“廃線”に惹かれるのかなぁ。


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まだ少し時間があったので、
公園駅プラットホーム後の傍の階段を上り、三度、南北櫓へ。


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チケットを購入し、南櫓の内部を見学。


まずは真田幸村の鎧兜(鉄二枚胴具足)がお出迎え。


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真田幸村といえば、赤い甲冑だが、
テレビ朝日の「お坊さんバラエティ ぶっちゃけ寺」によると元々は黒。
(この番組の復活を熱望)


赤になったのは大阪冬の陣。
目立つ赤にしたのは、玉砕覚悟の決意だったという。


櫓なので、矢を射るための穴、矢狭間(やざま)がある。


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弓矢だけでなく、鉄砲の狭間も。


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狭間の上には、監視のための窓、武者窓。


ここから真田軍の兵士が徳川軍を監視し、
矢を射り、銃弾を放った。


南櫓だけでなく、北櫓も見学でき、
これ以外にも展示物はあったんだけど、
一番興味をそそられたのが、昔の上田城の写真。


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昭和初期。


唯一ある櫓は西櫓?


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昭和19年の写真。


昭和24年(1949年)に南北櫓が復元されているので、
建築期間は5年以上ってことか。


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昭和39年(1964年)。


まだ、南櫓と北櫓の間を結ぶ東虎口櫓門はない。


サクっと南北櫓を切り上げて、西櫓へ。


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寛永3年(1626年)に建てられ、当時の部材が使用され、
外観もほぼそのままの姿とのこと。


武者窓からの光景。


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南北櫓に展示されていた写真を見るに、
駐車場一帯は田んぼだった。


街の発展を感じます。


南北櫓同様に、武者窓の下には矢狭間と鉄砲狭間。


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南北櫓の時も気になったんだけど、
鉄砲はともかく、こんなに低い位置で弓を弾けるのかな?


入口にいた係のおじさんに、
床の高さは当時のままなのか質問してみたけど、
わからないとの返答だった。


解説板には、下方の敵を狙いやすいように、
低い位置になっているとあった。


上から斜めに下に向かった射る感じだったのかな。


そして、そろそろタイムアップ。


「ブラタモリ2」で紹介されていた二の丸堀の水抜き用の石樋を見たかったが、
場所も良くわからなかったので、断念。


後ろ髪を惹かれながら、所用のため上田某所へ。


時は流れて数時間後、昼飯。


長野県といえば、蕎麦。


蕎麦食いたい。


上田に何度も来たことのある人が薦めてくれた、
「手打ちそば刀屋」へ。


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大行列が出来るほどの人気店だが、
幸いあまり並んでおらず、ものの数分で店内に案内された。


いろんな蕎麦があるが、名物は真田そばとのことで、
迷わずオーダー。


暫くすると蕎麦の前に、なめこと鰹節入り味噌と出汁と薬味が運ばれてきた。


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出汁で味噌を溶かす。


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薬味にはわさび、ネギともう一品。


大根おろしのようだが、
謎だったので店員さんに聞いたら、
上田みどり大根という返答。


後に調べたらば、超高額大根だった。


なんと一本1,250円。


そんな大根見たことない!


さらに期間限定で、入手困難。


こんな大根聞いたことない!


11月頃が旬らしく、タイミングが良かった。


そして、運ばれ来た真田そば。


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ツルッとしたコシはない。
モサッとした噛み応え。


喉越しなんだけど、とても美味しい。


この店でしか味わえない。


ボリュームも満点。


後から来店したお客さんに、
店員のおばさんが、
「この店初めて?初めての方には大盛りはお断りしているの」
と言っているのが耳に入った。


確かに凄い量だった。


1,050円で、この味、量だったら満足。


蕎麦の後は、所用の場所までブラブラと歩いて戻る。


途中にあった風俗店。


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「となりのお姉さん」


階段の先は闇…。


某所へ戻り、午後の所用を済ませた。
時刻は18時。


東京に帰るのには、まだ早い。


折角、上田に来たのだから、上田の店で夕飯を食べたい。


上田駅の近くにあった居酒屋「ここから」へ入店。


適当に入った店だったけど、大当たり。


上田では串物にニンニクダレをかけて食べる習慣があると聞いていた。


店の店員さんに聞くと、その通りとのことで、
串物をオーダー。


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美味いねぇ。


上田近辺の酒蔵を応援しており、地酒が豊富。


沢山いただいちゃいました。


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日本酒は銘柄によって味が違う訳ですが、
それもそのはず、比べてみると色が違う。


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入店した時はお客さんはいなかったが、
次々と来店者がいて、すぐに満員。


ザッツ居酒屋な風情だけど、
女性のお客さんがとても多かった(しかも美人率高目)。


店員さんも気さくだし、料理と酒も美味いしで、
是非機会があったらまた訪問したいと思った。


そろそろ帰りの新幹線の時間。
お会計をして上田駅へ。


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「真田丸」人気で北陸新幹線は込むと聞いていたが、
ガラガラだった。


散々飲んだけど、帰りの新幹線の楽しみは、
やはり酒。


この日訪れたのは信州だけど、新潟のエチゴビール。


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じゃがりこをツマミにして頂きました。


BGMは、往路と同じく、マノウォー!


さて、酒と言えば、自分自身へのお土産もお酒。


長野県の南部、飯田市の酒蔵・喜久水の銀泉 辛口。


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日本酒度+4.0なので、程よい辛口。


アテは地元のスーパー・アコレにて、半額で購入した刺身。


更に自分自身へのお土産・その2。


折角、上田市に来たのだから上田の地酒を飲みたい!


そんな欲求を満たしてくれる地酒セットを購入。


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左から順番に。


沓掛(くつかけ)酒造福無量
創業300年の老舗。


信州銘醸の明峰 喜久盛(きくざかり)
全国新酒鑑評会で何度も金賞受賞。


岡崎酒造の信州亀齢(きれい)。
日本に25人ぐらいしかいない女性杜氏がいる。
しかも銘柄に負けない美人さん。


和田龍酒造リュウカップ
なんとこのラベルのデザインをしたのは、
吉祥寺にオフィスを構えるJAP工房スタッフ


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若林醸造月吉野
酒米トップ6の美山錦を使用


飲み比べてみました、やはりそれぞれ違う風味だった。


普段、糖質が高いのであまり日本酒は飲まないけど、
やっぱり日本酒は奥深い。


そして、上田といえばのニンニクダレ。
秘伝 番長の美味だれ。


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肉は地元の西友で買ったオージービーフのステーキ。


本来、焼き鳥に使うタレなんだけど、
焼肉、ステーキ、ハンバーグ、野菜等、なんでもOK。


スペシャルプレートを作ってみた。


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目玉焼き、人参、ハンバーグ、ガーリックトースト、
オージービーフのステーキ、玉ねぎ。


激ウマ。


銀座にある長野のアンテナショップ、
銀座NAGANOにこの手のタレ売っていたかなぁ…。


大河ドラマの舞台になる城もあるし、
蕎麦は美味いし、焼き鳥も美味いし、酒も美味い。


上田、良いですねぇ。

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プロフィール

1974年、東京都生まれ。少年時代、ジャッキー・チェンの映画に魅了され、映画小僧の道を突き進む。大学卒業後、映画宣伝代理店に入社。『リーサル・ウェポン4』、『アイズ ワイド シャット』、『マトリックス』などを担当。

2000年、スカパー!の映画情報専門チャンネル「カミングスーンTV」転職し、映画情報番組の制作を手掛けたのち、2006年、映画情報サイトの運用に従事。その後、いろいろあって、2013年7月よりCS放送「エンタメ〜テレHD」の編成に携わっている。

本ブログは、多ジャンルの情報提供を志すT-SHIRT-YA.COMのオファーを受けて、2003年4月にスタート。2007年12月にブログ化。

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