▼最新記事2018年09月22日up!

二子玉川 2018

2018年7月1日(日)。
前日に引き続き、早朝から世田谷線松陰神社駅近くの国士舘大学へ。


この日も用事と用事の間にガッツリと時間が空いていた。


最初の用事を済ませた後、
前日同様、世田谷線に乗り三軒茶屋のマクドナルドへ。


これまた前日と同じく
チキンクリスプのコンビとソーセージマフィンの単品を頼む。


320円です。


やっぱり320円という金額が腑に落ちない。


2階へ上がり椅子に座り、バーガーを頬張りながら、
スマホでマックのアプリを立ち上げて料金を確認。


チキンクリスプとソーセージマフィンのコンビは、同じ200円。
ところが、単品になるチキンが100円、ソーセージが120円。


なるほど…、そういうことね…。


たかだか20円だけど、マックの料金設定だと20円の差って、
消費者からするとそこそこ大きいと思うのですよ。


逆に言えば、マクドナルド側も20円の売上は重要なのはわかるが、
同じ商品を頼んでいるのに、
頼み方が異なるだけで料金が変わるのはどうかと思う。


いや、変わっても良いけど、
店員さんが、「こちらの方が20円お得ですよ」って、
教えてくれてもいいんじゃない?


近所のスギ薬局で、
詰め替え用のカビキラーを二つレジへ持って行ったら、
「お客様、これでしたら別の商品の方がお得です。
 お持ちするのでお待ち下さい」って言って、
スプレー付きと詰め替え用のセットを取りに行ってくれた。


こういう心遣いって大切だと思う。


それはさておき、この日をどうするかだ。


マックでネットサーフィンしながら、
三軒茶屋を拠点に行ける場所を探す。


散々迷った結果、田園都市線に乗って二子玉川へ。


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二子玉川駅へ来たのは、2013年以来5年ぶり。


【関連記事】
「ディープツアー2013 二子玉川」


前回は珍スポットとして名高い玉川大師を訪問したが、
今回は反対方面にある珍寺を目指す。


二子玉川駅から多摩川河川敷へ行こうとすると、
駅敷地内と外との境に自動ドア。


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外側から撮影


お洒落な街は違いますなぁ〜。


多摩堤通りに出るとすぐ目の前に、
レンガ造りの建造物が姿を現した。


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玉川西陸閘。
所謂、堤防の門。


ところで、多摩川と玉川は何がどう違うのだ?


多摩川は河川の名前。
玉川は世田谷区の地名。


多摩川は多摩地区を流れている川なので、
その名称はしっくりするが、
玉川は調べてみてもはっきりとしない。


世田谷区のホームページ
「明治22年、奥沢・尾山・等々力・下野毛・上野毛・野良田
用賀・瀬田の8村が合併して玉川村が成立」という記述があるが、
なんで8村が合併して玉川になったのかは記されていない。


玉川学園のホームページには、校名の起源について、
「創立者が、多摩川より玉川の方が分かり易く、書き易いから用いた」とある。


同ホームページによると、江戸時代の刷り物にも、
この辺りを玉川と呼んでいた記録が残っているとのこで、
本当に「多摩川より分かり易い、書き易い」というのが、玉川の由来なのかも。


因みに多摩ではなく、多磨と表記するケースもある。
多磨霊園、西武多摩川線の多磨駅などがそれにあたる。


その違いがまたややこしいのですが、
こちらのサイトに詳細が書かれているので、
興味のある方はアクセスしてみてください。


話が大分逸れました。


多摩川の土手からの一枚。


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写真だけ見ると晴れていて気持ち良さそうですが、
この日は30度越えの炎天下。


土手を降りて河川敷を歩いたのですが、日陰ゼロ。


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またまた帽子を忘れるというチョンボをしたのもあり、
殺人的太陽光線を浴びながら歩く。


こんな天候の下、ジョギングをしている人がチラホラいた。
熱中症にならないのかな?


汗だくになりながら進むと第三京浜の橋が見えてきた。


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幼少から高校生ぐらいまで、
ほぼ毎週日曜日、鎌倉にある祖父母の家へ行くために、
父の運転する車でこの橋を通った。


冬の晴れた日には、前方に富士山が見えることも。


あれから数十年。
まさかこうして橋の下を潜るとは…。


目的地となる寺へ行くために河川敷を離れ、
多摩堤通りに出ると歩道がないじゃないか!


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でも仕方がない。
身の危険を感じながら暫く歩き、脇道へ。


そこで、不思議な看板を目にした。


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生レモンサワー、生レモンスカッシュは分かる。
でも生レモンカレーってなんだ!?


店は50m先なので確認しても良かったのだが、
体力温存のためスルー。


さて、今回目指したのは、
「東京DEEP案内」で珍寺と紹介されている善養寺。


スマホの地図を見ながら目指したのに、
また正面ではなく、脇に来てしまった。


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ここへ至るまで結構な坂道(国分寺崖線)を上って来たのだが、
やはり正門から参拝したいので、
坂を下って正門へ行くと巨大石像がお出迎え。


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これら巨大石像は一体、何を意味しているのだろうか?
イースター島のモアイ像と同じぐらい謎である(嘘)。


正式名称は善養密寺(真言宗智山派)。
慶安5年(1651年)に開山。


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やっぱりカオスな寺は、真言宗だよねぇ。
個人的には一番好きな宗派です。


境内も珍スポットの宝庫。


右とこなげ道。


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京都のとこなげ山に関連しているのだろうか?


そのとこなげ道の先にある遍照橋なる石橋を渡る。


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真言宗の総本山である高野山に遍照寺というのがあるようだ。


これ以外にもよくわからないもの、
意味深なものが続々と。


大金剛鈴菩薩。


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金剛鈴(きんごうれい)を調べると、
密教の法具のひとつで、ベルのような形をしており、
振り鳴らして、仏・菩薩の注意を喚起し、喜ばせる楽器。


それを菩薩化したもの?


頭部は小学生が粘土で作ったできそこないのウルトラマンみたい。


雑。


胡蝶蘭とアイヌ守護尊・神居古潭(かむいこたん)。


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神居古潭は北海道旭川市にある地域名だが、
同地の渓谷に見られる変成岩も神居古潭という。


胡蝶蘭の横に置かれた岩が神居古潭なのでしょう。
でもなんでここにあるのだろうか?


ほととぎすそいう札のたったオブジェ。


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名もなきオブジェ。


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まぁ、男根ですよね。


御神木で東京都の天然記念物・カヤの木。


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高さ約18m、幹の周りは約6mという巨木。


大き過ぎ1枚に納まりません。


下に目を向けると…穴。


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まぁ、女性器ですよね。


観光地にある寺は、賑わうものだが、
駅から遠くて、住宅街の一角に佇む寺は、
人があまり居なくて静かなものだ。


しかしながら、善養寺は寺に従事する人も多いし、
檀家の方々なのか参拝客も頻繁。


私みたいに冷やかしではないが、
珍寺目的で来ている輩は見受けられなかった。


なんとも居心地が悪い。


同じような雰囲気を感じたのが、
やはり二子玉川にある玉川大師


従業員が無駄に多く、掃除の振りをしながら小生の行く先々に現れる。
監視されているような気がした。


そんなところも含めて、真言宗の寺って、
一風変わっていて面白い。


一通り見て回ってから、善養寺のすぐ傍にある六所神社へ。


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打って変わって誰もいませんでした。


本殿の右横の先に給水塔が見える。


給水塔の方へ行ってみると、1棟を残して解体途中のようだ。


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掲示されていた建築計画のお知らせを確認すると、
都営野毛一丁目団地を建設中。


都営住宅は、近年、取り壊し、建て替えが多い。


都営野毛一丁目団地のお隣は、玉川野毛町公園へ。


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古墳があることで有名な公園だ。


昨日訪れた世田谷区郷土資料館で、
古墳を紹介するコーナーがあり、
玉川野毛町公園も取り上げられていた。


善養密寺から徒歩圏内だったのもあり、
訪問に至った。


公園に入るとすぐに野毛大塚古墳。


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五世紀前半に築造された、
全長82m、後円部の高さ10mの帆立貝式前方後円墳。


後円部頂上には四基の埋葬施設があり、
武器や式具類、石製模造品、玉類などが多数出土している。


造出部(つくりだしぶ)。


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解説板によると円筒埴輪が置かれていたようだが、
撤去されてしまっていた。


その解説板の近くにあった階段が封鎖されていたので、
後円部頂上へは登れないのかと思ったら、
ぐるりと回ったところに階段があった。


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階段を上がる。


頂上。


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タイル部分が四基の埋蔵ヶ所で、
それぞれどのように埋蔵されていたかを描いている。


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ひとつ見ただけでも、かなりの埋蔵品がある。


古墳からの眺め。


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オジサンたちが草野球に興じている。


いいなぁ〜。


古墳から降りて、暫く観戦していたんだけど、
野球がやりたくてウズウズしてしまった。


やっぱりスポーツで一番好きなのは野球だ。


玉川野毛町公園から環八へ出て、
二子玉川駅まで戻ることに。


「ディープツアー2013 等々力」で、
等々力渓谷から二子玉川駅へ向かったルートだ。


第三京浜入口の歩道橋からの1枚。


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ガキの頃からあり、
「ディープツアー2013 等々力」の時にはまだ存続していた
ステーキ屋アミーゴが無くなっていた。


2014年に閉店したようだ。


移転、再開するとfacebookでは店主が言っているが、
2015年7月以降、更新がない。


そもそも幼少より看板を見続けただけであって、
アミーゴのステーキを食べたことはなく、
店に愛着があるかといえば全く無いのだが、なんだか寂しい。


歩道橋の反対側の光景。


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第三京浜。


さっきこの通りの下を歩いた。


あまり高いビルがない。


二子玉川駅へ向かう途中、
経由したのが世田谷区立上野毛自然公園。


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住宅街に突如として現れる国分寺崖線による高低差のある緑豊かな公園。


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都会の喧騒を逃れて…と思ってやって来たのだが、
大学のサークルでしょうか?
公園の所々で風船とかを括りつけ装飾を施していた。


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別にうるさくはないし、
全然良いんだけど、作業の邪魔をしちゃいけないと思い、
さっさと階段を降りてその場を去った。


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構造的には2014年に訪れた「西郷山公園」に似ていた。


そして、二子玉川駅へ向かう途中、
多摩堤通り沿いにある二子玉川公園内の帰真園に立ち寄った。


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今から5年前の2013年作庭、世田谷区立初の回遊式日本庭園。


園内には世田谷区登録文化財・旧清水邸書院がある。


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元々は瀬田にあった建物で、1980年代初頭に解体され、
帰真園を造園するにあたり移築・再建された。


再建したのは、清水建設。


回遊式ということでぐるりと回っては見たものの、
猛烈な暑さでへばってしまった。


日本庭園は心が和むものだが、
公園からは二子玉川ライズ タワー by 野村不動産が、
ガッツリと見える。


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二子玉川の発展は、野村不動産を抜きにしては語れない。
ってことの証のモニュメント。


そして、ここから徒歩数分の二子玉川駅までが、
あまりの暑さにとてつもなく遠く感じた。


今年初の軽度の熱中症であることは明らか。


二子玉川ライズ タワーが作ってくれる日陰を、
足取り重く歩いてゆく。


横断歩道をふと見ると、
両脇に各2枚のガラス張りの板が建っていた。


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最初、バス停かと思ったが、
行き先案内や時刻表もないし、
ガードレールで道路と歩道は分断されている。


風よけ?


良くわからないまま二子玉川駅に到着。


前日とこの日は本当に暑かったが、この両日の暑さは、
多数の死者を出した2018年の酷暑の始まりだった。


暑さには強い方だと思っていたが、
今年はきつかった。


暑さも手伝ってか、今年の夏はこの日以降、
散策らしい散策をしなかった。

▼最新記事2018年09月10日up!

稲城2018 Part2

「稲城2018 Part1」からの続き。


ありがた山の反対、稲城駅側の有様を確認すべく、
京王よみうりランド駅から稲城駅の方へ歩く。


日差しが半端ない。


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熱中症に何度かなっているので、
その怖さは知っている。


自身の体調を配慮しながら歩いていると、
ちょいちょいありがた山の裏側の光景が視界に入る。


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明らかに山が削られ、宅地開発されている。


土曜日にも関わらず、山の方から工事の音が聞えてくる。


浜田省吾の「My Hometown」という曲を思い出す。


この後、汗だくになりながら稲城駅へ到着。


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水を買いがてらコンビニで、鋭気ならぬ、冷気を養う。
体温を冷やしてから駅ビル内を抜けて反対側へ。


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駅ビル内はスーパーとかあってボチボチな感じだけど、
正直、駅前なんもないし、山を削って住宅を建てても、
そこまで利便性はないんじゃないの?って思ってしまう。


線路を挟んだこっちとあっちでは、高低差がかなりある。


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なかなかの景色だ。


この後、小田急線とクロスする名称不明の道路を歩く。


坂がきついが、日陰がありそこまでしんどくはない。


暫く歩くと視界が開ける。


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どうやら開発地区へ足を踏み入れたようだ。


左手には巨大マンション。


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この手のマンションは、大型旅客船を彷彿させる。


先程線路の反対側から見た住宅地の建設現場に辿り着いたようだ。


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野村不動産の建売住宅だった。


住宅地の真ん前にはヤオコーというスーパーがあった。


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車がひっきりなしに出たり入ったりしていて、
とても盛況な感じだった。


スーパー大好きなので、後で時間があったら覗いてみよう。


ヤオコーのすぐ傍から撮って1枚。


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ありがた山の反対側だ。
絶賛開発中。


何故人間は緑を切り拓くのか。
温暖化に拍車がかかる。


写真を撮っていたら、建設現場の人に怪訝な顔をされた。


まぁ、そりゃそうだろうな…。


ヤオコーを右手に見ながら、クランク型の道を登ると、
バリケードの隙間から開発現場を見る事が出来た。


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つい数年前までは、緑豊かな山だったのでしょう。


反対側には真新しい校舎。


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稲城市立南山小学校。


平成27年4月1日開校。
まだ3年の歴史しかない。


少子化が叫ばれている中での開校。
この開発地に移り住んでくるファミリーの子供を見込んだのだろうか。


再び開発地の方に目を向けると、
ありがた山石仏群にあったのと同じ造詣の供養塔が見えた。


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近い将来取り壊されてしまうのだろうか?
もしそうだとしたら酷い話だ。


供養塔の奥には建物があるが、
ありがた山を管理していた人たちが利用していた家だろうか?


そのまま道を歩くと、エキゾチックな建物が。


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日本山妙法寺の平和塔。


日本山妙法寺は、藤井日達(ふじいにったつ)が大正17年(1918年)に立ち上げた日蓮宗派の宗教。


100年と歴史の浅い宗教で、
何故かこの稲城の寺院の創建年がネットで調べられないのだが、
ありがた山が掘削される前からあったのは間違いない。


「稲城2014 PART2」で、ありがた山に訪れた際に会った男性が、
「山が削られ、生息していた狸を裏の寺で保護している」と言ってた。


恐らくその寺が、日本山妙法寺。


動物の棲家を奪い、人の棲家となる。


稲城に限らず、熊や猪が民家を襲うという事件がよくあるが、
その原因は人間にあるのは間違いない。


日本山妙法寺へ参拝できないかと思ったが、
道は行き止まり。


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来た道を戻る。


それにしても暑い。


冷やかし半分、涼み半分でヤオコーへ。


店内は1フロアで通路も広く買い物はし易そう、
品物は高くもなく安くもなくという感じだった。


ヤオコーを出て来た道を戻り、
京王線の乗って下高井戸へ。


時刻は12時15分。
昼時。


下高井戸はボチボチ食べ処があるが、
これっ!て店がない。


京王線の踏切傍にある、
一度食べて美味しいと思った
麺匠 ようすけ 鶏煮亭にしようかと思ったが、
いかんせん店内が狭く、長距離歩行の後は辛い。


決めかねながらブラブラ歩いていると、
甲州街道沿いにらーめん大という店があった。


散々迷った結果、入店したんだが、
瞬時に後悔した。


無愛想な若いにーちゃんが一人厨房に立ち、
「いらっしゃいませ」も言わない。


豚骨ラーメンの店だとは分かっていたが、
二郎系だったとは…。


すぐに店を出るのも失礼なので、
らーめん並の食券ならぬ、札を買う。


カウンターに座るも店員無言。


ルールがわからんのだ。


とりあえず、他のお客さんのやり方を見て、
札をカウンターに置いて店員から声かけられるまで待つ。


数分後、ようやく店員が「次」的なことを言ってきたので、
他のお客さんに倣ってカウンターに貼れた、
オーダーの仕方を見ながら、「野菜多め」とだけ告げる。


待つこと数分、カウンターに貼れた「野菜多め」のイラスト以上の
もやしが盛られたラーメン到着。


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なかなか麺に行き着きません。


後からやってきた学生さんは、
「野菜マシマシ、にんにく、脂多め、味濃いめ」を頼んでいた。
若いねぇ〜。


らーめん自体は、まぁ、美味しかったけど、
愛想がない=職人みたいな雰囲気は、あんまり好きじゃない。


この後、世田谷線に乗って、
国士舘大学最寄駅である松陰神社駅を向かうが、
まだ少し時間があったので、宮の坂駅で途中下車。


久々に行きたい寺があったのだ。


それは勝光院。


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世田谷線沿線の寺社には、ほぼ全て訪れたが、
勝光院が一番好きで、今回で4回目ぐらいかな。


歴代の吉良氏の墓があることで知られているのだが、
あまり訪れる人がおらず、いつも静かで厳か。


山門をくぐった先にある本堂もそれほど大きくないが、
ここが世田谷区であるとは思えない、木々に囲まれた佇まい。


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本堂の対面にある鐘楼の奥にある竹林も美しい。


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風が吹き、竹がきしみガサガサを音を鳴らす。
それがまた良い。


最初だったか、二回目だったか覚えていないが、
勝光院へ来て吉良家の墓を撮影していたら、
掃除をしていた老人に話しかけられた。


色々と勝光院のことを話してくれただけでなく、
戦争の話をし出した。


「仲間はみんな戦場で死んじまってさ。
 俺一人だよ。寂しったらないね」


「えっ?戦争へ行かれたのですか?」


「幾つに見える?行ったよ、戦争。
 でもね、生き残っちゃった」


まさか元日本軍人と出会うとは思いもよらず、
とても驚いた。


また会えるかな?と淡い期待を抱いて来てみてが、
この日、老人の姿は無かった。


まだ時間があったので、
徒歩で世田谷代官屋敷跡と資料館へ。


途中で発見した廃屋。


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選挙ポスターが塀を占拠。


近くにも廃屋があった。
世田谷区もそんな状況。


一度通った道は覚えている方だが、
流石に4年ぶりにこの界隈を歩いたので、
道が分からずマップを見ながら世田谷代官屋敷跡へ。


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江戸時代に彦根藩井伊家領であった世田谷の代官を務めた大場氏。
ここは大場氏が代官役所兼自宅の屋敷跡。


実は三度目の訪問。
(故に写真をほとんど撮らなかった)


門をぐるりと回って入る敷地内には、
江戸中期に建てられ、重要文化財に指定されている母屋や、
郷土資料館がある。


ここの資料館はお薦めです。
規模は小さいけれど、世田谷区の歴史を見易く、分かりやすく展示してある。


これまで近隣だと世田谷区、杉並区、練馬区の郷土資料館へ行ったが、
どれも内容充実。


対して、武蔵野市の武蔵野ふるさと歴史館のショボイこと…。
武蔵野市の歴史の浅さを露呈している。


お薦めといえば、こちらの本もお薦め。


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「世田谷代官が見た幕末の江戸 日記が語るもう一つの維新」
(著:安藤優一郎)


幕末に世田谷代官を務めた大場与一の妻・美佐が残した日記を基に、
代官という役職の仕事や日々の暮らし、農民たちの生活、
幕府終焉時の庶民の反応など、
教科書では教えてくれない歴史を知ることが出来ます。


これまで以上にじっくりと郷土資料館を見学した後、
国士舘大学まで歩いて行くことに。


途中、国士舘大学へ来た際には、
かなりの頻度で買い食いをしていた台湾肉包の店、
鹿港(ルーガン)へ立ち寄り、買い食い!


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2013年12月撮影


140円とは思えないボリュームと味の肉まんが最高!


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2013年12月撮影。


久々にいただきましたが、変わらぬ美味しさでした。


肉まん一個しか注文しないのに、
嫌な顔一つしない店員さんも好印象。


以上、「稲城2018」の散策記でした。


ありがた山が残っていて、本当に良かった。
人口が減っているのに住宅そんなに必要?って改めて思った。


何よりも寝不足、炎天下の中、俺、頑張った。


そして、次の日も国士舘大学…。

稲城2018 Part1

2018年6月30日(土)、
早朝から世田谷線松陰神社駅近くの国士舘大学へ。
軽く用事を済ませた。


時刻は7時過ぎ。
14時頃に国士舘大学へ戻ってくればよい。


7時間何をしよう。


仕事がとても忙しく、前日の帰宅は24時を過ぎていた。
そこからシャワーを浴びて、軽く夕食を食べて寝て、
起きたのは朝の5時半。


1週間の疲れも溜まっており、
三軒茶屋のマン喫にでも行って、
ゴロゴロしようかなと思いつつも、
この日は超良い天気。


決めかねながらも、世田谷線で三軒茶屋へ。
マックで朝食を摂る。


チキンクリスプのコンビとソーセージマフィンの単品を頼む。


320円です。


「あれ?300円じゃないの?前は同じメニューで300円だったような…」
と思いつつ支払う。


朝からバーガー2つはヘビーだが、一つじゃ足らん。


バーガーにかぶりつきながら、この後の事を考える。


土曜日の午前中。
三軒茶屋のマン喫は、千円ちょいで5時間ぐらい居られる。


しかし、マン喫へ行って何をする?
寝る?


随分前にマン喫へ行ったことがあるが、
とても寝られる環境じゃない。


40半ばの中年のオッサンが、
土曜の朝からマン喫というのもいただけない。


散々迷った挙句、マン喫はやめた。
何故ならあるアイディアが浮かんだから。


国士舘大学へ行く時は、世田谷線の一日券を常に購入している。


世田谷線の運賃は一律で大人150円。
一日券は330円。


下高井戸と松陰神社の往復ならば、普通に乗った方が安いが、
松陰神社は何もないので、必ずどこかへ移動する。
3回乗れば一日券は断然お得なのだ。


勿論この日も一日券。
世田谷線乗り放題!


三軒茶屋から終点の下高井戸へ。


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そこから京王線の下りに乗車。


午前9時40分、京王よみうりランド駅下車。


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この地を訪れるのは4度目。
行先はよみうりランドではない。


ありがた山だ。


関東大震災後の復興計画の区画整理の際、
引き取り手がなかった文京区駒込周辺の無縁仏4000体を、
某宗教団体が、受け入れ先であるこの地にリアカーに積んで運んだ。


運搬中、不審がられた際には、
「ありがたや、ありがたや」と唱えてやり過ごしたことから、
ありがた山と呼ばれるようになったと言われている。


ありがた山には、2012年に盟友・佐藤アサトと初めて訪れた。


【関連記事】
「ディープツアー2012 稲城 PART1」


土地開発が進み、ありがた山の存続が危ういという情報を得て、
その後も2度訪問している。


「稲城2014 PART1」
「稲城2014 PART2」


最後の「稲城2014 PART2」の際に、
ありがた山で清掃をしていた男性に話を聞いてみたら、
「ここ(ありがた山)は残る」と断言していたので、
そこまで心配はしていなかったが、
やはり存続しているのか気になってはいた。


佐藤アサトにありがた山へ向かっているとLINEで伝えつつ、
ありがた山を目指す。


7月前だというのに凄まじい日差し。


キャップを持ってこなかったことを後悔。


すぐに佐藤アサトから、
「今日はヤバイ、熱中症気を付けて」というLINEが飛んでくる。


妙覚寺の脇道をあがっていこうとして、
「ここら先は、南山東部土地区画整理事業地区内です」という看板が。


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ありがた山は南山という名称なのか?


「稲城 南山」で検索すると、
まんま「南山東部土地区画整理事業地区」のウィキがあった。


開発の際、推進派と反対派で相当もめたようだ。
しかし、日本の歴史を紐解くと反対派は、まず負ける。


区画整理の看板を見ながら、「ケッ!」と思っていたら、
真横に信じられない看板が!


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今から16年も前にツチノコが発見されていた。


連絡先が富士急ハイランド UMA課。
99-9999-9999


アホか。


ありがた山へと通ずる道を進む。


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2012年に初めて訪れた時、この家は無かったが、
2014年の再訪時にはあった。


家の前に停まっているワーゲンのバンも記憶に残っている。


2014年の時とあまり光景に変化は見られないと思ったのも束の間、
石像群の手前にある墓地が、集団移住していた。


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どんどんと上へと移転させられているようだ。


墓地があったところも開発されるのだろうか?


骨壺を納めていたと思しき穴の跡。


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亡くなってからも引越しとは、
慌ただしい限りだ。


2014年に比べると、ありがた山の中腹には新しい墓が増えた。


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下の方の墓が移って来たからなのでしょう。


中腹を抜けると石像群。


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大丈夫だとは思っていたが、現存していてホッとする。


なぜかこのありがた山の石像群に魅了されている。


開発の波に飲まれないで欲しい。
無くならないで欲しい。


気になって仕方がない。


以前、来た時にヒカリモが生息していた井戸。


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ヒカリモは無しだったけど、水は透き通っていた。


ありがた山には数回来ているけど、
石仏群一角の入口に竹の棒を突き刺して、
紐を張り巡らしていることに気が付いた。


IMG_3487_RRr.JPG


何の意味があるのだろうか?
紐を鳥居の代役としているのを何度か見たことがある。
それと一緒なのかな。


前回訪れたのは、2014年3月。


その時は春の訪れ前だからか、
雑草は生えていなかったが、
初夏ともなるとボウボウだ。


IMG_3489_RRr.JPG


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写真中央の大きな墓石の両脇に、
壊れた木の柱が建っている。


鳥居の跡だろうか?


石仏群を登り切ったところにある供養塔。


IMG_3490_RRr.JPG


支柱部分の梵字が何を意味するのか気になり調べてみた。


守護梵字のひとつでキリークと読むようだ。


守護梵字は干支によって守護尊が異なり、
キリークは以下の通り。


子(ねずみ)年生まれ
千住観世菩薩(せんじゅかんぜぼさつ)


戌(いぬ)・亥(いのしし)年生まれ
阿弥陀如来


共に悩みや苦しみを取り除き、安らぎを与える仏。


この供養塔の支柱には、
正面だけでなく左右にも守護梵字が刻まれている。


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この写真で確認できるのは、タラータ。
丑(うし)と寅(とら)の守護梵字。


私の干支だ。


虚空像菩薩(こくぞうぼさつ)


すべての福徳と知恵を授け、
特に記憶カ向上、厄除け、
症病回復に御利益のある仏。


記憶力は悪い方ではないと思うし、
風邪とかで会社を休んだことがないし、
大病を患ったこともないが、
福徳と知恵はねぇーなぁ〜。


メインの供養塔の両脇に少し小ぶりの供養塔があり、
そこにも梵字が書かれているが、意味は分からない。


この3基の供養塔の正面にある石碑と石碑の間をとらえた一枚。


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ありがた山の石像群は、風化が激しいが、
この仏様は、碑と碑の間で陽に当たらないからか、
保存状態がとてもよい。


この地点からの眺望。


IMG_3493_RRr.JPG


4年前と殆ど変わらない。


変化のない景色が、本当に嬉しい。


一方で変化もあった。


3基の供養塔の傍にハイキングコース入口があり、
いつも閉鎖されていたのだが、
何故かこの日はバリケードの扉が開いていた。


IMG_3491_RRr.JPG


しかし、関係者以外立入禁止と掲げられている。


ちょーーーーーーーーーーーーーーーー行ってみたい。
不法侵入扱いになるので、我慢した。


こんなことで人生を棒に振ることは出来ない。
と思っていると、バリケード左側の林の向こう側から、
ガンガン、バリバリ、ガリガリ、ドカドカと、
重機で何かをしている音が、バンバン聞えてきた。


供養塔の裏側に立ち、林の奥を見るとブルーシートらしきものが見えた。


ここは南山東部土地区画整理事業地区内。


山の向こう側は相当削られている可能性がある。


ハイキングコースの反対側に下り坂があり、
どうやらどこかへ降り立つことが出来そうなので行ってみた。


IMG_3496_RRr.JPG


これはこれでちょっとしたハイキングだ。


途中、キャタピラの跡があったので、
恐らく掘削用小型ブルドーザーが、
この林道を通ったのでしょう。


ものの数分坂を下ると柵が登場。


IMG_3503_RRr.JPG


まさか、行き止まり!?


今降りてきた坂道を登るのは辛い…。


そのまま突き進んでみると幸い道は続いていた。


IMG_3504_RRr.JPG


良かった、良かったと坂を下ると、
ありがた山石仏群手前の墓地の入口に至った。


IMG_3505_RRr.JPG


こんなルートがあったとは。


以上が、2018年のありがた山訪問記なのですが、
山の反対側が気になって仕方がない。


グーグルマップで、確認すると山の反対側へは、
京王よみうりランド駅のお隣り稲城駅へ行き、
ぐるっと回って行かないと行き着かないようだ。


寝不足、炎天下、帽子がないなど、
マイナス要素だらけだったけど、
時刻はまだ10時15分。


行くべ!


以降、「稲城2018 Part2」へと続く。

▼最新記事2018年08月18日up!

アレサ・フランクリン

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クィーン・オブ・ソウルことアレサ・フランクリンが亡くなった。


享年76歳。
死因は膵臓がん。


数日前に危篤というニュースを目にしていたし、
年齢的にも早世とは言えないので、驚きはしなかったが、
残念でならない。


アレサ・フランクリンの存在を初めて知ったのはいつだったか…。


多分、オリヴァー・ストーン監督作『プラトーン』のサントラだと思う。


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日本で本作が公開されたのが1987年4月なので、私が中学2年生の時だ。


『プラトーン』のサントラには、アレサの「リスペクト」という曲が収録されていた。


中2の小僧にとって、ソウルとかロックとかジャンル分けすら無意味だったし、
アレサの歌唱力の凄さとかも理解しておらず、
ただアレサのかすれた声と、
「サカツマサカツマ(sock it to me)」というコーラスが印象に残った。


「リスペクト」のオリジナルは、オーティス・レディング。


このサントラには、そのオーティスの名曲「ザ・ドック・オブ・ベイ」を筆頭に、
パーシー・スレッジ「男が女を愛する時」、
スモーキー・ロビンソン「ザ・トラックス・オブ・マイ・ティアーズ」
ドアーズ「ハロー・アイ・ラヴ・ユー」
ジェファーソン・エアプレイン「ホワイト・ラビット」といった、
ソウル、ロックの有名曲が収録されていた。


今みたいに音楽を手軽に手に入れることも、聴くこともできなかった時代。
『プラトーン』のサントラはかなり聴き込んだ。


小生は、中3ぐらいからHR/HMへと傾倒していくのだが、
大学生の時に所属した軽音楽部の影響で、ソウルに触れた。


メタラーだった自分が、すんなりとソウルがカッコイイと思えたのは、
『プラトーン』のサントラ、そして、アレサ・フランクリンのお陰だったのかもしれない。


映画大好き人間としては、『ブルース・ブラザース』でのアレサも忘れ難い。


ダイナーで「シンク」を歌うシーン、最高!!





「シンク」はスタジオ盤よりも『ブルース・ブラザース』のサントラの方が断然よい。


歌声と映像が合っていない、いわゆるリップズレが激しい。
アレサ・フランクリンが、
1度たりとも同じように歌えないシンガーであることを象徴するシーン。


と、言われているが…、アフレコはリップズレ当たり前。


同じように歌える歌えないはどうでもよい。
『ブルース・ブラザース』でのアレサの存在感が凄いのだ。


映画におけるアレサといえば、
『ブローン・アウェイ/復讐の序曲』も印象に残っている。


随分前に見たのでうろ覚えだが、爆弾魔の話。


フォレスト・ウィテカー演じるSWATが自宅に帰宅し、
ヘッドフォンでアレサの曲を聴く。


するとカチカチと音がして、
ヘッドフォンに爆弾が仕掛けられていることを知る。


「アレサを聴きながら死ねたら本望さ」


大好きなセリフ。


こんな感じで、アレサ・フランクリンとの出会いは、映画が多い。


勿論、生で見てみたいが、アレサは大の飛行機嫌い。


来日することなく逝ってしまった。


でも今のご時世、アレサの凄さを確認する術はある。


2015年12月ケネディ・センター名誉賞の祝賀公演。


受賞者の一人であるキャロル・キング。
彼女の楽曲「ナチュラル・ウーマン」をカバーしたアレサが登場。





本当に凄い!
73歳とは思えない!!


圧巻!
感動!!


アレサの登場に喜ぶキャロル・キング。
こんな名曲を作ったあなたも凄いのに!


因みにアレサとキャロル・キングは同い年。


断言する。
このアレサの歌声を見て、聴いて、
何も感じない人とは、通じ合えない。


オバマ大統領泣く。
ワシも泣く。


音楽で、歌で、こんなにも感動できるんだなぁ。


因みにワシとアレサ。
誕生日が一緒。


アレサ・フランクリン。
偉大なるシンガー。
永遠に!

▼最新記事2018年08月16日up!

下馬〜池尻大橋 2018

2014年7月、松陰神社駅最寄の国士舘大学での所要の合間に、
三軒茶屋まで行き、レンタルサイクルで、
下馬、池尻、代田橋にある団地や戦跡、玉川上水の遺構などを見て回った。


【関連記事】
「【掘り起し企画】下馬〜池尻大橋〜代田橋〜若林 2014」


あれから4年。


2018年4月初旬、久々に三軒茶屋へ行く機会があった。


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三軒茶屋といえばの大山道標


所用の合間の空き時間は、3時間。


4年前に池尻にあった戦跡、室内射撃場跡の周辺は、
大規模工事を行っていたうえ、
室内射撃場の建物自体、解体工事の用のフェンスが設置されていた。


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2014年7月13日撮影


室内射撃場はまだあるのだろうか?


斜陽感バリバリの下馬アパートのその後も気になる。


ということで、確認しに行くことにした。


前回はチャリを借りたが、今回は徒歩。


まず下馬アパート。


健在!


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右側の建物は、人が住んでいるように見えない。
左側の建物には洗濯物が干してあるので、住民がいるのだろうけど、
空き部屋も多そうだ。


下馬アパートの敷地内に、
アパートの比ではないぐらい老朽化した日本陸軍の兵舎がある。


この4年間で、下馬アパートが全て解体されていることはないと思っていたが、
廃屋一歩手前の日本陸軍の兵舎は、もうしかしたら現存しないのでは?
という危惧があった。


しかし、そんな心配は無用だった。


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現在は世田谷韓国会館となっている。


なんか4年前に見た時よりも、朽ちが足りない印象だったが、
それもそのはず、4年前の写真を確認すると、
正面の歪んだ窓が全て塞がれていた。


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2014年7月13日撮影。窓が塞がれていない


4年前とは異なる外観となった世田谷韓国会館だけど、
解体されていないのは、素晴らしい!


建物にいたずらをする輩がいるのか、
手描きで「防犯カメラ作動中」と書かれていた。


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横に「監視カメラ作動中」という紙が貼られているが、
手描きの方が目立つ。


引き続き下馬アパートを見て回る。


一部の建物は、幕に覆われている。


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修繕中なのか、それとも解体作業中なのか…。


くたびれている棟が多いので、
順次、修繕か解体が実施されるのだろうか。


ロマン溢れる給水塔は、以前のままだった。


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建物自体は年季が入っているが、水道管は新し目だ。


給水塔のはす向かいの広場で、
少年野球チームが練習をしていた。


どんな練習をしているのか、ついつい見入ってしまった。


下馬アパートのほとんどが老朽化しているが、
給水塔の奥の棟は特に酷い。


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洗濯物どころか一部屋除いて、物干し竿すらない。
居住者ゼロなのか。


反対側の更地を覆うフェンスには、建設計画のお知らせが掲示されており、
平成31年9月30日までに鉄筋コンクリート造の団地が建てられると記されていた。


平成天皇の生前退位により、平成31年9月30日という日は無い。


突き当たり、防犯事務所という札が貼られている建物。


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かなり年季が入っているが、
一部屋だけ洗濯物干しがぶら下がっている。


1階部分はかつて商店だった。


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チウインガム…。


再開発がガンガン進む今の日本。
下馬アパートの風景は、近い将来様変わりするかもしれない。


都道420号線を横断し、世田谷公園へ。


野球場でオジさんたちが試合をしていた。


これまたついつい見入ってしまった。


野球って、全く知らない人がプレイしていても、
見ていて楽しい。


世田谷公園を抜けて、室内射撃場跡を目指す。


4年前に行っているのだが、
そこに至る道が思い出せない。


一度行った場所は、大体覚えていて、
地図を見ずに行くことが出来ると自負していたのだが…。


意地になって地図やサイトを確認せずに、
なんとなくの記憶を頼りに歩いていると、
池尻稲荷神社に来てしまった。


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神社の横の排水溝も軍事施設遺構。


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池尻稲荷神社の近くに、
かつて軍馬の餌を保管する倉庫をリノベーションした
都民生協の倉庫とヤマト運輸三宿営業所(太子堂センター)や、
陸軍用地と刻印された境界石がある。


これらも4年前に見に行っている。
近場だからついでに再訪することにしたんだが、
これまた道が分からない。


神社脇の排水溝を辿るとその先に細い坂道。


IMG_3353_RRr.JPG


暗渠に違いない。


確か上記遺構は高台にあった覚えがあるし、
神社脇の排水溝に通ずる暗渠なのであれば、
この上に陸軍施設があったはず。


坂道を上っていく。


坂を上り切ると五差路に出た。
五差路のうちの一本に見たことのある建物があった。


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陸軍馬糧倉庫を再利用した都民生協の倉庫とヤマト運輸の営業所。


何度見ても軍事施設であった痕跡は、皆無に等しい。


続いて陸軍用地の境界石を探す。


適当に近場を歩き回り2分程で発見。


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以前来た時は、読めないぐらい薄かった陸軍用地の文字が、
黒く塗られていた。


かなり雑。
心ない者のいたずらか?


ここから程近い東山公園の傍にある公務員駒沢住宅という団地群が、
廃墟化していると「帝都を歩く」に記載されていたので行ってみた。


しかし、東山公園界隈は美しく整備されており、
公務員駒沢住宅も上塗り塗装しただけの様だが、綺麗になっていた。


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ここから当初の目的地、室内射撃場跡へ向かうおうとしたんだが、
全く道が思い出せない。


仕方がなくサイトで場所を調べたら、所在地は246号線の向こう側だった。


まったくその認識がなかったので、調べて良かったのだが、
己の記憶力の低下に少なからずショックを受けた。


池尻大橋駅を目指して歩いていると、
巨大な円形の建物に出くわした。


そういえば、随分前に見たテレビ番組で、
首都高直結、屋上に庭園を造営した建物を紹介していたっけ。


折角なので行ってみたのだが、
入口が良くわからずウロウロしてしまった。


ようやく入口を見つけて屋上の目黒天空庭園へ。


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真ん中が吹き抜けになっており、
1Fのサッカー場から子供たちの声や親の声援が聞えてくる。


それは良しとして、
首都高や246号線から車の排気音が響き渡り、
都会の喧騒から逃れて…という風情はなかった。


長居することなくお暇。


首都高直結部分。


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運転に疲れたドライバーが、休憩するには良い場所かもしれない。


246号線に架かる歩道橋を渡り、
大橋病院入口からキツイ坂道を上っていく。


坂の上に超難関私立中学・高等学校の駒場東邦があるのだが、
毎日池尻大橋駅から通学していたら足腰が鍛えられそうだ。


坂を上っていくと左側にまだ建設途中の東邦大学医療センターが見えてきた。


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4年前に訪れた時は更地だった場所だ。


目の前にある大橋病院の移転先となる建物で、
この日から数ヶ月後の2018年6月16日に移転していた。


確かに旧病院の見た目はボロいと感じた。


そして、肝心の室内射撃場跡は解体され、
コインパーキングになっていた。


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かつて日本が戦争をしていたことを思い出させるきっかけとなる、
軍事遺構が無くなるのは、本当に残念だ。


小生の世代が子供だった頃は、まだ戦争体験者が多く存命していた。


しかし、戦後73年。
今の子供たちが生き証人から話を聞く機会は、
我々の世代が子供の時よりも多くはないだろう。


戦争がなく平和なのは良いことだが、
戦争そのものが風化してしまうのは良くない。


少しでも多くの戦争にまつわる遺構が残ることを願う。


パーキングの奥にある警視庁大橋庁舎も綺麗になっている。


4年前の写真を確認すると、建物の周りに足場が組まれていたので、
改築か新築されたのだろう。


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2014年7月13日撮影。足場が見える。


病院や警察の建物が綺麗になっていく中で、
廃墟と化していた室内射撃場跡が、解体されるのは致し方ないのかも。


駒場東邦の校庭の隣にある警視庁有家族待機寮駒場住宅も改築中。


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次々と整備され街並みが変わっていく中で、
警視庁有家族待機寮駒場住宅の前に、
孤軍奮闘している建物があった。


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大橋スカイパレス。


ちょっと古びているが、家賃13万円!


どんつきにある没軍馬の慰霊碑・馬神。


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流石に慰霊碑なだけあって、4年前と変わらぬ佇まい。


お供え物が人参!


以上が下馬アパートと池尻の陸軍遺構再訪記なのですが、
無くなってしまったり、再生の過渡期であったりと、
4年の歳月を感じずにはいられなかった。


無くなってしまった建物とかは、
ネットで画像検索すれば大概出てくるけど、
やはりその地を訪れて、この目で見てみたいのであります。


この後、三軒茶屋まで大した距離ではないので、
徒歩で戻ることにした。


歩いたのは目黒川緑道。


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4月初旬ということで、花が咲き出し、
虫たちが地上に姿を現す。


途中で北沢河川緑道と烏山側緑道に分かれる。


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道標の横の石像がちょっと怖い。


三軒茶屋着。
まだ時間があったので、ゴチャゴチャした三角地帯をブラブラ。


この日から約4年4ヶ月前の2013年12月1日、
三軒茶屋に来ている。


2013年2月14日に閉館した三軒茶屋中央劇場。


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2015年6月解体。


2013年12月当時は営業中だったムーブオーバー二本立ての映画館、三軒茶屋シネマ。


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上映中作品は、『L.A. ギャング ストーリー』『ドライブ』。
ライアン・ゴズリング祭だ。


次回上映作品は、『ヒッチコック』『イノセント・ガーデン』。
『イノセント・ガーデン』のパク・チャヌク監督は、
ヒッチコックの影響を受けている。


なかなか粋な二本立てを組んでいたわけですが、
2014年7月20日に閉館してしまっている。


こちらが2018年4月の外観。


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看板は掲げているが、入口はシャッターが下りていて、
その前にはお隣の肉のハナマサの段ボール置場となっており、
更に営業時ポスターが掲示されていたスペースには、
落書きだらけの木の蓋。


切ない。


そんな旧三軒茶屋シネマの屋上には、
バッティングセンターがある。


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バッティングセンター大好き。


80〜100キロぐらいならば、ほぼ空振り無し。
110キロならボチボチ。
120キロならギリ対応できる。
130キロになると大分怪しい。


そんなレベル。


階段を上がると螺旋階段。


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この階段がメッチャ怖かった。


一部老朽化で亀裂が入っており、
グラグラする段があるのだ。


バッティングセンター自体は、古びていて、打席数も少ないが、
地元の映画館吉祥寺プラザの屋上にあるバッティングセンターみたいに、
ボールがアームからポロリと落ちて飛んでこないということはなかった。


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向かいのマンションのベランダで、
洗濯物を干すおばさんを見ながら打つ。


そんなレアな体験が出来るバッティングセンターでした。


この三軒茶屋の三角地帯は、
いつまでこの光景を保っていたれるのだろうか。


年号が変わってから30年。


そりゃ昭和の面影が街から消えていくわけですよ。


そして、来年、平成が終わる。


昭和生まれだが、昭和よりも平成の時代の方が、
生きてきた時代は長い。


平成が消えていく。
そんな風に思う日が来るのだろうか。

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プロフィール

1974年、東京都生まれ。少年時代、ジャッキー・チェンの映画に魅了され、映画小僧の道を突き進む。大学卒業後、映画宣伝代理店に入社。『リーサル・ウェポン4』、『アイズ ワイド シャット』、『マトリックス』などを担当。

2000年、スカパー!の映画情報専門チャンネル「カミングスーンTV」転職し、映画情報番組の制作を手掛けたのち、2006年、映画情報サイトの運用に従事。その後、いろいろあって、2013年7月よりCS放送「エンタメ〜テレHD」の編成に携わっている。

本ブログは、多ジャンルの情報提供を志すT-SHIRT-YA.COMのオファーを受けて、2003年4月にスタート。2007年12月にブログ化。

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