▼最新記事2017年08月02日up!

トイレの異物

少々話がグロいので、このブログに載せるかどうか迷ったのですが、
同じ症状で悩んでいる人がいるかもしれないので、
掲載に踏み切りました。


以下、キモイ描写がありますので、読む際は気を付けてください。
特に食事中の方とかね。


今から数日前の夜、仕事を終え帰宅してからトイレへ行くと、
洋式便器の水が溜まっているところに、
赤い淡のようなものが浮かんでいた。


家族の誰かが、淡を吐いて流さずにいたのか?


その時はそれほど気にせずに流した。


数時間後、用を足そうとトイレに行ったら、
先程の赤い淡だけでなく、イクラのような赤い玉も浮かんでいた。


一瞬ギョッとしながらよくその物体を見てみると、
イクラの赤い玉にシッポみたいな透明な長い筋がついていた。


水には薄い油膜のようなものが張っていて、少しギラギラしている。


こちらがその写真


なんだこれは!?


寄生虫!?


さっきトイレを使った時は、
おしっこだけで、特に変なものが尿道からは出てこなかった。


ってことは、体内から排出された生物ではなく、
トイレの排水管に潜む未知の生物なのか!?


しかし、トイレの排水管の洗浄は、
つい数か月前に専門業者にお願いしてやったばかりだ。


とにかく気持ちが悪いのでまた流し、
トイレの縁やらウォシュレットのノズルやらを洗剤をかけて掃除した。


念のためタンクの中も確認してみたが、異常はなかった。


そして、翌朝。
恐る恐るトイレへ行ってみると…。


またいた…


絶望的な気分になる。


とりあえず、息の根を止めるべく、
サンポールをふりかけようと思ったらなんとカラッポ。


仕方がなく、今回も排水。


通勤時間を利用して、
「トイレ 寄生虫」
「トイレ 虫」
「トイレ 赤い玉」
などをスマホで検索する。


いくつか寄生虫や虫の画像がヒットするのだが、
我が家のトイレに沸いた物体とは明らかに異なる。


唯一、似たような症状を訴えている記事があった。


「カラダにe-サイト healthクリンック」の健康相談のページ


残念ながら質問に対する医師の返答は、参考にならない。


出社してからも気になったので、
家に電話をして家族に確認をしてもらったら、「いる」という悲報が…。


そして、夜、帰宅後、確認するとやっぱりヤツはいた。


まじでこいつはなんなんだ!?


購入してきたサンポールをこれでもかっ!と降り注ぎ、
5分ほど放置し排水。


流石にこれで息の根を止めただろう!
と思って数時間後、トイレを見たら…。


いやがった…。


なんという生命力。


こうなったら流すのではなく、除去しよう。


次にヤツが現れた際に、
勇気を振り絞って割り箸で摘まんでみた。


するとイクラの部分がブッチと潰れた。


非常に柔らかいのだが、凄まじい粘着力で、
割り箸の先が引っ付いて離れない。


割り箸でイクラを潰した画像


透明のシッポは水あめのように糸を引き、
水面をゆらゆらと漂う。


仕方がないので、シッポを糸巻の要領で割り箸に絡め、
一緒に浮いていた赤い淡もすくいあげ、
ビニール袋に入れて廃棄した。


トイレの水は、やはり油水油膜が張っている。


とりあえず取り除いたので、
もう大丈夫だろう…と思ったんだが、
数時間後にまた出現した。


除去→出現を3回ほど繰り返し、
やっぱりもう一度トイレの排水管の洗浄をした方がよいのか?
と絶望に暮れ、これまでの経緯を反芻してみる。


すると、ある疑問が湧き上がってきた。


イクラも淡も、水に浮かんでいるときは動かない。
サンポールをかけても動かない。
潰しても生臭さがない。


本当に生物なのだろうか?


油膜も気になる。
油膜ってことは油…。


もしかして?と思い、
便器に取り付けられているウォシュレットを少し持ち上げ、
便器との隙間を見てみたら…


ヤ、ヤツがいたっ!!!!


すぐにネットで調べたら、あった!
該当する記事があった!


長年ウォシュレットを使用していると劣化し、
機械の基盤に使われている樹脂が溶けて、
便器に滴り落ちるという現象がいくつも紹介されていた。


伊藤家のウォシュレットは、
家を建て替えた時から使い続けているので、すでに20年もの。


かなり怪しい。


そして、休日にウォシュレットを便器から外してみると、
乾燥の風が噴き出る口にイクラちゃんを発見。


確信を得ました。


事件発生から2週間が経過しましたが、
未だにイクラちゃんは、トイレに現れます。


しかしながら、寄生虫ではないとわかったら、
恐怖心は無くなり、流さず用を足しております。


ウォシュレットを買い替えることになるのですが、
薄いグリーンの便器と同じ色のウォシュレットはもう生産されていないらしく、
ちょっと厄介。


築20年にもなるとウォシュレットに限らず、
家のあっちこっちにガタがきております。


ローン、まだ残っているのになぁ…。


同じような現象がトイレで発生したら、
まずはウォシュレットを確認してみてください!

▼最新記事2017年08月01日up!

辰巳起点散策10 洲崎神社〜木場公園

先週の「辰巳起点散策9 妙見島」に引き続きまして、7月22日(土)も辰巳へ行った。


そして、所用の間にボコッと時間が空いた。


ということで、今回も出掛けた。


特に行くアテもなかったんだが、何と無く木場公園を目指してみた。


三ツ目通りを北上。


途中にある、先週は反対側から見た越中島貨物線の廃線跡。


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丁度、除草作業を行っており、
一部、レールを確認することが出来た。


除草作業のお陰で金網が解放されており、
撮影がし易かった。


木場駅のある永代通りの木場五丁目交差点手前を右折し、
しばらく道なりに進むと洲崎神社。


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洲崎はかつてあった町名で、
明治22年頃、文京区本郷にあった根津遊郭が移転し、
吉原遊郭と双璧を成す赤線地帯として栄えた。


遊郭があるということは、遊女がいる。


遊女は男性の下の世話だけでなく、芸に長けていなくてはならない。
旧吉原の千束にも吉原弁財天があるように、
芸の神である弁財天の信仰が篤い。


洲崎神社も旧名が洲崎弁天社だ。


昭和43年に現在の社殿を造営。


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江戸中期、この辺は埋め立て前で、
海に面しており、それはそれは風光明媚な土地だったらしい。


今じゃ、永代通りから南側が、
かつて海であったことを知る人の方が少ない。


洲崎という地名が無くなり、
都市開発の波に飲まれ、かつて遊郭があった名残も消滅している中、
洲崎神社は、この地域の歴史を後生に残す貴重な存在。


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今日のベストショット。狛犬の「吽」の方。
「ゴーストバスターズ」のテラードッグ。


洲崎神社から永代通りを渡り、木場公園へ。


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今から一年前、この公園は「ポケモンGO」の聖地で、
多くのポケモントレーナーが訪れていた。


小生も昨年の11月末に、
初代ポケモンGOをコンプリートしたぐらい(海外ポケモンを除く)、
「ポケモンGO」にはまったんだが、
今年の春ぐらいに突如、やる気が失せた。


今では立ち上げることはなく、
そろそろアンインストールかな。


今では大分「ポケモンGO」は進化し、
1周年記念イベントも行われているようだが、
この日の新木場公園で「ポケモンGO」に興じている人は、
見る限りではいなかった。


その代わり、バーベキュー場が大盛況。
しかも客層がメチャメチャ若い。


若者らしい盛り上がり方をしているグループがいくつかいた。


いいよなぁ、若いって。


東西線の新木場駅から徒歩5分。
近くにスーパーもあるんで、
手軽にバーベキューが出来そうだ。
バーベキュー場は、完全予約制


木場公園の中央に位置する吊り橋。


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奥に東京スカイツリーが見える。


木場公園はトイレも割かし清潔だし、
芝生の整備も行き届いている綺麗な公園だ。


開園した年を調べたら平成4年(1992年)6月だった。


ワシ、浪人中…。


開園して四半世紀か。


公園としては新し目の方なのかな。


木場公園大橋から葛西橋通りの浦安方面を眺めたら、
レトロなトラス橋が見えたので行ってみた。


大栄橋。


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大横川という川に架かる橋で、昭和4年(1929年)に竣工。
昭和56年(1981年)に少し改修が施されているそう。


つやつやしているのは、
平成25年(2013年)に塗装されているから。


大栄橋から錦糸町方面を見ると、
同じようなトラス橋が見えた。


IMG_1638_RRr.JPG


あとで行ってみよう。


葛西橋通りをそのまま進むと、
水辺を整備した広場があった。


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水遊びをしている人はいない。
水は綺麗なのだろうか?


水辺の公園の一角に佇む千石地蔵尊。


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東京大空襲の犠牲者の供養のために、
昭和62年(1987年)建立。


顔の部分とか、そこそこ風化しており、
もっと古い時代のお地蔵様かと思った。


石像の風化の度合いは、石材はもちろん、
様々な条件が重なりあって決まる。


一旦、大栄橋へ戻り、
大横川沿いの緑道を歩く。


ところどころにワンちゃんのウンチがあった。
飼い主の方、ちゃんと始末しましょうね。


で、やって来たのが、福寿橋。


IMG_1643_RRr.JPG


この橋も大栄橋と同じ年の昭和4年(1929年)に架設されている。


江東区には、大正12年(1923年)に起きた関東大震災の復興事業として、
多くの橋が架けられている。


大栄橋、福寿橋とその名前に震災後の人々の想いが込められているような気がする。


因みに江東区の橋に関しては、以下の資料が詳しい。
「関東大震災と江東区の近代橋梁」(PDF)


時計を見ると13時40分。


15時前には辰巳に戻らなくてはならないが、
昼飯を食わねば。


木場公園の近くにあったマックスバリュ エクスプレスで、
ますとさばとひらめの押寿しを購入した。


IMG_1646_RRr.JPG


8月初旬に富山へ行くので、モードが富山だった。


ひらめの押寿しに白板昆布を使用。
北海道南産の真昆布を原料とし、
加工職人がおぼろ昆布を手削りした後に残る昆布の芯の部分が、
白板昆布とのこと。


魚の旨味と相性が抜群なだそうな。


木場公園のテーブル付ベンチに腰掛け、
少年サッカーの練習を見ながら頂きました。


ちょっと暑いが、店で食べるよりも安上がりだし、
弁当@公園も悪くない。


完食後、歩いて辰巳に戻りました。


この日トータル歩行距離は20キロ強。


1日に20キロ以上歩いたのは、3月の鋸山以来かも。




※参考記事:
「辰巳起点散策 PART1 新木場」
「辰巳起点散策 PART2 於岩稲荷田宮神社」
「辰巳起点散策 PART3 鐵砲洲稲荷神社」


「辰巳起点散策2 PART1 富賀岡八幡宮」
「辰巳起点散策2 PART2 木材・合板博物館」
「辰巳起点散策2 PART3 辰巳桜橋」


「辰巳起点散策3 PART1 枝川」
「辰巳起点散策3 PART2 越中島貨物線廃線」
「辰巳起点散策3 PART3 荒川河口橋〜葛西臨海公園」


「辰巳起点散策4 夢の島公園」


「辰巳起点散策5 PART1 八幡橋」
「辰巳起点散策5 PART2 富岡八幡宮」
「辰巳起点散策5 PART3 深川不動尊」


「辰巳起点散策6 東陽町」


「辰巳起点散策7 都営辰巳一丁目アパート」


辰巳起点散策8 門前仲町


辰巳起点散策9 妙見島

▼最新記事2017年07月29日up!

辰巳起点散策9 妙見島

2017年7月16日(日)、所用があり辰巳へ行った。


空き時間が4時間ぐらいあったので、
以前から行ってみたいと思っていた妙見島へ行くことにした。


妙見島は東京23区内唯一の自然島。


東京と千葉の県境、旧江戸川に浮かぶこの島の最寄駅は浦安。


辰巳からだと東陽町駅まで歩いて、
東西線に乗って行くのが(小生的には)ベストルート。


この日は34度を超える夏日。
辰巳から東陽町までは約3.6キロ。


ちょっと熱中症が心配だったが、
何度か辰巳から東陽町まで歩いたことあるから距離感はわかるし、
小まめに水分補給をすればどうにかなんだろう。


ってことで、妙見島を目指し歩き出すこと数分。


曲がり角がある珍しい橋、しおかぜ橋。


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その名の通り、風が抜けて暑さを軽減させてくれるが、
いつも以上に海の潮の生臭さがきつい。


水面を見ると運河が赤くなっていた。


変色と異臭は、
おそらく今年大発生している赤潮が原因。


しおかぜ橋の近くには、越中島貨物線の廃線跡がある。


IMG_1586_RRr.JPG


この先は工事用の列車が発着する現役の越中島貨物駅。
よって、この線路が無くなる心配は余りないんだが、
道を挟んで反対側にある廃線跡は、完全無用な状態なので生存が危うい。


再開発が著しいご時世ですから、
ここを訪れる度に、線路が無くなっているのではないかと心配になる。


幸いまだレールは撤去されていなかったが、
雑草に覆われていた。


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塩浜、洲崎を抜け永代通りに出て、
東陽町駅から東西線に乗車。


ラッキーなことに快速だったので、
南砂町、西葛西、葛西をすっ飛ばして、浦安駅に到着。


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生まれて初めて降り立った。


東京都道・千葉県道10号東京浦安線を葛西方面に歩くと浦安橋。


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昭和53年(1978年)建設なので、結構、年季が入っている。


写真では解り難いが、そこそこ傾斜がきつく、
自転車の場合、自転車から降りて引いて歩く必要がある。


旧江戸川に差し掛かると妙見島が見えてきた。


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全くをもって島には見えませんが、島なんです。


浦安橋の途中から妙見島へ上陸することが出来る。


島の案内板を見るとほとんどが、工業施設。


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とりあえず案内板で見ると左側、島の北方面を攻めてみる。


すぐに工業施設が姿を現した。


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入口には、「共同企業体 新東京アスコン」の看板が出ていたが、
先程の案内板には、「新世紀工業(株)妙見島瀝青混合所」と書いてあった。


事業者が変わったのだろうか?


遠くの方で、機械の稼働音のような音が鳴っているが、
日曜日ということもあってか、人気もなく割と静かだった。


しかし、風が少し吹いただけで、砂埃が舞う。
平日の風の強い日とか、大変なことになりそうだ。


続いて、「東京油脂工業(株)東京工場」。
※公式HPだと江戸川工場になっている。


IMG_1596_RRr.JPG


公式HPに数年前発生した火災を詫びるページがあった。


この工場では、食用の油製品を作っているようだ。


突き当たりにあるが、「ニューポートマリンクラブ」。


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ヤマハが経営するマリーナで、中にはレストランもある。


妙見島だとピンクの塗装が、ちょっと浮き気味。


「ニューポートマリンクラブ」の近くで、
妙見島の最北端にあるのが、「月島食品工業(株)」。


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屋上に設置された丸いタンクが印象的。


敷地内には円柱型のタンクが幾つもある。


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「月島食品工業」の公式HPに商品が載っている。


マーガリン、ショートニングが、主力商品のようだが、
業務用なのだろうか?


「月島食品工業」の正門左手には、妙見神社。


IMG_1604_RRr.JPG


島の名前の由来になった神社とのこと。


建立年は不明だが、南北朝時代の貞治元年(1362年)、
この島に妙見堂が建てられたという記録が残っているそうな。


妙見島は元々千葉県に属していたが、
明治28年(1895年)に東京都へ編入された。


優れた視力を持つ妙見菩薩という仏がいて、
下総(現在の千葉)の大名たちの守護神として崇められていた。


この辺のネタを拾うと妙見島の歴史が見えてくるんだが、
妙見堂、妙見菩薩というワードからすると、仏教だ。


現在の妙見神社は、神仏習合?
それとも神仏分離からの廃仏毀釈の影響?


続いて、最西端の「(株)日成ストマック・トーキョー」。


IMG_1606_RRr.JPG


こちらは産業廃棄物処理を商いにしている企業。


やはり人気がない。


来た道を歩いて、島の案内板まで戻る。


この間、出会った人ゼロ。
「東京油脂工業(株)東京工場」からトラックが、
粉じんを巻き上げながら出てきたのが、唯一。
(ドライバーは女性だった)


この後、浦安橋を挟んだ反対側へ行ってみると、
なんとラブホテルがあった。


なぜかわからないが、この日撮影したはずの写真データが数十枚、
iPhoneから綺麗さっぱりなくなっており、
消えた写真の中には、このラブホの外観を撮ったものも含まれている。


ラブホを通り過ぎて、最南端まで行ってみたが、
特に興味を惹かれるものはなかった。


よしそろそろ島からオサラバしようと歩き出し、
ラブホの前を通ろうとしたら、
ちょうど事を終えたカップルを載せた乗用車が、駐車場から出てきた。


東京23区唯一の自然島にあるホテルでメイクラブ。
粋だねぇ〜(←これっぽっちも思っていない)


この後、浦安駅ではなく、葛西駅まで歩いた。


葛西駅にある地下鉄博物館に立ち寄ってみたかったが、
時間的にゆっくり見ることができなさそうだったので、
またの機会にした。


東西線に乗り、東陽町駅へ。


つい先日、東陽町にある明治乳業の物流センターで大規模な火災が発生した。
火災現場は、多分、スカパー東京メディアセンターの近くのはずなんで行ってみた。


したらば、まじで目と鼻の先だった。


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右側の建物がスカパー東京メディアセンター。


後日、スカパー!の人に火事があった日の事を聞いたら、
周辺が閉鎖されエライこっちゃだったそうな。


死者や延焼がなかったのは、良かった。


この時点で、14時半。
昼ご飯を食べていない。


暑いし、ここ数日、腹具合が良くなかったので、
以前行ったことのある蕎麦屋越後そばへ行くことにした。


※参考記事:
「辰巳起点散策6 PART1 東陽町」


で、店の前まで行ったら、シャッターが降りていた。
日曜日は定休日だった。


仕方なく隣にあった松屋に入ったら、
なんだか店内が異様に暑い。


なんだかおかしいと思いながら、
食券を買い席に座ったら、
「空調が故障しており、冷房が効きません。
 ご迷惑をお掛けいたします」という貼紙が貼ってあった。


牛めし食いながら、汗かきまくった。


外に出たら、外の方が涼しかった。


そして、辰巳まで歩いて戻りました。


以上、妙見島散策でした。
何もない島だったけど、念願叶ったんで良かった。


この日のトータルの歩行距離は19.5キロ。


久々にかなり歩いた。




※参考記事:
「辰巳起点散策 PART1 新木場」
「辰巳起点散策 PART2 於岩稲荷田宮神社」
「辰巳起点散策 PART3 鐵砲洲稲荷神社」


「辰巳起点散策2 PART1 富賀岡八幡宮」
「辰巳起点散策2 PART2 木材・合板博物館」
「辰巳起点散策2 PART3 辰巳桜橋」


「辰巳起点散策3 PART1 枝川」
「辰巳起点散策3 PART2 越中島貨物線廃線」
「辰巳起点散策3 PART3 荒川河口橋〜葛西臨海公園」


「辰巳起点散策4 夢の島公園」


「辰巳起点散策5 PART1 八幡橋」
「辰巳起点散策5 PART2 富岡八幡宮」
「辰巳起点散策5 PART3 深川不動尊」


「辰巳起点散策6 東陽町」


「辰巳起点散策7 都営辰巳一丁目アパート」


辰巳起点散策8 門前仲町

▼最新記事2017年07月27日up!

廃ごみ処理施設

都内某所にある廃ごみ処理施設。


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今から約4年半前に焼却業務を終え、
その3ヶ月後に閉鎖された。


たまたま施設内に入る機会があった。


廃施設とはいえ、管理下に置かれているし、
そもそもの造りもしっかりしているからか、
それほど廃墟感はないが、それでもワクワクした。


やたらと長い廊下。


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最初は電気が点いておらず、
なかなかの雰囲気を醸し出しておりました。


扉を幾つか開けると、ボイラーやコンベヤがあった。


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フラッシュを焚いているから明るいけど、
中は真っ暗でした。


こちらは制御室でしょうか?


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外に出て煙突の裏に回ると、螺旋階段。


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タンクには活性炭サイロと書かれていた。


活性炭は有害物質を取り除く作用があり、
脱臭や水の浄化など不純物の吸着素材としても利用される炭。


建物の敷地はかなり広い。


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このごみ処理施設ですが、今夏に取り壊されてしまうらしい。


その後の土地活用は未定とのこと。


かなり広いし、近くに川が流れていたので、
公園とかにしたら良いのに。

▼最新記事2017年07月26日up!

日枝神社〜信濃町

4月2日(日)に霞ヶ関にあるイイノホールで開催された
『映画クレヨンしんちゃん 襲来!!宇宙人シリリ』の完成披露試写会に行ってきた。


ひとりでね。


受付スタッフ「お連れの方はいらっしゃいますか?」
伊藤P「いや、ひとりです」
受付スタッフ「えっ、おひとり様ですか?」
伊藤P「はい、そうです」


「クレしん」の完成披露試写会は、
ファミリーが多く来場している。


そんな中、オッサンひとりというのが、
余ほど珍しかったのでしょう。
二度聞きされた。


かつてこのブログは、映画のブログだった。
しかし、映画の仕事から離れ散策記主体のブログになったが、
唯一、映画に関して綴り続けているのが、「劇場版クレしん」。


東宝の方(Eさん、Kさんありがとう)のお力添えによって成立しているのだが、
「クレしん」を見て、このブログに綴るのは、
一年に一回のライフワークなのです。


映画の感想は、既に記しているので、そちらに譲る。


【伊藤Pの部屋】
#720『映画クレヨンしんちゃん 襲来!!宇宙人シリリ』


で、この日は夜に焼肉食べ放題に行く予定で、
それまでの時間、特に用事がなかった。


天気も良かったし、鑑賞後、適当にブラブラと歩くことにした。


定期券内で帰りたかったので、とりあえず四ツ谷駅を目指すことにした。


虎ノ門から外堀通りを歩き、赤坂見附へ。


赤坂見附でランチを食べるつもりだったんだけど、
日曜日の赤坂見附は、閑散としており、
昼間に営業しているお店が少なかった。


結局、松屋の牛めし。


夜、焼肉だということに気が付いたのは、
どんぶりが運ばれてきてから。


その後、何度もその前を通っているのにも関わらず、
一度も参拝したことのない日枝神社へ。


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とても印象的な鳥居だ。


上部の笠木の上に三角形が乗っかっている。
これは滋賀県の日吉大社を総社とする山王神社の特徴らしい。


本殿に行くには、階段もしくはエレベーターを利用する。


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神社でエレベーターというのはなかなか珍しいのでは。


エレベーターをいくつか乗り継いで、
南神門をくぐると本殿。


IMG_1129_RRr.JPG


本殿と向き合っている門が神門なので、
今回上がってきた外堀通り側の参道は、表参道ではないようだ。


晴天の春の日曜の午後ということで、
参拝の列が出来ていた。


日枝神社の創建年は不明。
文明10年(1478年)太田道灌が江戸城を築城する際に、
川越日枝神社を勧請。


この時、日枝神社だけでなく、
多くの神社を江戸周辺に分霊させている。


家康の時代になると江戸城内に遷宮し、江戸城の鎮守とした。


徳川第二代将軍秀忠が、江戸城改築の際に麹町に移築し、
一般庶民も参拝できるようになったが、
明暦3年(1657年)の明暦の大火で焼失。


四代将軍家綱が、万治2年(1659)に現在の場所に移築した。


その後、昭和20年(1945年)の東京大空襲でも燃えてしまい、
現在の建物は、13年後の昭和33年(1958年)に再建されたもの。


振り返って神門を見ると猿がいた。


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逃げろ!チャールトン・ヘストン!!!


神猿像(しんえんぞう)。


なんで猿が神扱い?


「赤坂日枝神社の巫女ブログ」によると、
総社である滋賀県の日吉神社がある比叡山に、
猿がたくさん住んでいて、神のお使いとされたかららしい。


よく見たら上の本殿を撮影した写真の両脇にも、
神猿の石像が鎮座しているではないか。


巫女ブログ、ナイス情報!


本殿向かって右側の門を出ると末社。


IMG_1134_RRr.JPG


なんと、山王稲荷神社、八坂神社、猿田彦神社、
3つの神社を合祀(ごうし)している。


すぐ横に狛犬の解説板が置かれていた。


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狛犬はどこにいるのか。
目に見えるところにいない。


解説文をよく読んでみると、
本殿の前に、一対の石製狛犬があると。


いました。


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なぜか手前の狛犬だけ、苔率が高い。


そのまま進むと稲荷参道。


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いいっすねぇ〜。
千本鳥居。
しかも階段。


奉納者は、清水建設が多いな。


途中。


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稲荷参道入り口。


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都会のど真ん中にこのような千本鳥居があるとは。


稲荷参道の入口からは、
もうひとつの鳥居が見える。


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先程の鳥居が白だったのに対して、こちらは黒い。


鳥居の下では、着物姿の女性たちが桜を鑑賞。


桜も良いですが、わたしはこちらの非常階段に見とれました。


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スペースを活かした造りになっている。


以上、日枝神社。


境内はそれほど広くないが、
エスカレーターや一直線の階段の千本鳥居など、
勾配を利用した独自性が印象的だった。


日枝神社は、東京十社のひとつ。


【参拝済】
神田明神
品川神社
芝大神宮
根津神社
亀戸天神社
富岡八幡宮


【未参拝】
白山神社
王子神社
赤坂氷川神社


残り3社だ。


赤坂氷川神社はともかくとして、
白山神社と王子神社は、行こうと思わないと行かないなぁ。


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桜の下に佇む狛犬。この日のベストショット。


時刻は15時。
まだ時間があるので、信濃町駅まで歩くことにした。


赤坂見附にある赤坂東急プラザ。


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薄いピンクと肌色のボーダーラインが、トレードマーク。


今から10年ぐらい前、
父親からかつてこの赤坂東急プラザにあったロイヤルホストに呼び出され、
癌であることを告げられた。
そんな思い出の建物…。


見附の交差点を渡る。


2011年3月に閉館した赤坂プリンスホテルの跡地に、
いつのまにやら新しいビルが建っていた。


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東京ガーデンテラス紀尾井町


いまの東京は暫く来ないと景色が様変わりしてしまう。


一方、長年変わらない光景もある。


迎賓館。


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明治42年(1909年)に皇太子の居所である東宮御所として建設。
赤坂離宮を経て、戦後?は外国人の賓客を迎えることが多くなり迎賓館となった。


皇居がそうだったように、
多くの皇族関連施設が空襲を免れたが、
迎賓館もそのひとつ。


一般公開がされているので、
一度、行ってみたいな。


赤坂御用地の裏にある人通りの少ない坂道を少し下る。
みなもと町公園があり、その手前の道を右折すると、
JR中央線と総武線の線路に架かる橋に出る。


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一番右の総武線が通過しているトンネルは、
明治24年(1894年)に完成した御所トンネル。


こちら側はコンクリで風情が無いが、
反対側の入口はレンガ造りで歴史を感じることが出来る。


丸ノ内線の新宿・荻窪方面のホームから拝みことが出来る。


この後、みなもと町公園を通り抜けると、
公園のすぐ傍に小さな稲荷があった。


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鳥居の下に置かれた石板には、
「鮫橋せきとめ神」という文字が彫られている。


稲荷の裏に地名と稲荷の由緒が書かれていた。


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小さいけど新宿区文化財指定。


徒歩数歩でJRの高架下。


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信濃町駅方面へ抜けられるはずなんだが、
見通しが悪くなんだか入りにくい雰囲気。


生活道じゃない気もしたが、
ママチャリが置いてあるし、
立ち入り禁止の標識もない。


ということで、突っ込んでみたのですが、
普通に生活道でした…。


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高架下をくぐり北側へ出ると、
かなり急な坂道に出くわした。


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これはキツイ…。


キツイだけあって、
ちゃんと新助坂という名称もあった。


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通称スベリ坂だと。
確かに雪の日とかは、通行を控えたい坂だ。


坂を上り切ると、
少し離れた場所から一人の男性がコチラを見ている。


自意識過剰かと思ったが、やっぱり凝視している。


「なにガン飛ばしてんじゃい!」と睨み返したが、
この地が某宗教団体の本拠地であることを思い出した。


以前、カメラ片手にこの地を撮影しまくっていたら、
某宗教団体の関係者に尾行され、終いには詰問され、
「撮影するな」と言われたという体験談を綴ったブログを読んだ。


ワシも手にスマホを持って、
新助坂とかバシャバシャ撮っていたから、
冷やかしに来たのかと思われたのかもしれない。


で、信濃町駅そばの店が繁昌していた。


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一瞬、中国人観光客かと思ったが、さにあらず。


バリバリ教団関係の店。


学会の集まりでもあったのでしょうか?
みなさんお土産を購入している模様。


中には饅頭なんかもあった。


オンラインショップをみると、
意外と良心的な値段だった。


信濃町は、神宮球場の最寄駅なので、
何度も利用しているが、この道はお初で、
ちょっと衝撃を受けました。


時刻はちょうど16時。


帰ろう。

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プロフィール

1974年、東京都生まれ。少年時代、ジャッキー・チェンの映画に魅了され、映画小僧の道を突き進む。大学卒業後、映画宣伝代理店に入社。『リーサル・ウェポン4』、『アイズ ワイド シャット』、『マトリックス』などを担当。

2000年、スカパー!の映画情報専門チャンネル「カミングスーンTV」転職し、映画情報番組の制作を手掛けたのち、2006年、映画情報サイトの運用に従事。その後、いろいろあって、2013年7月よりCS放送「エンタメ〜テレHD」の編成に携わっている。

本ブログは、多ジャンルの情報提供を志すT-SHIRT-YA.COMのオファーを受けて、2003年4月にスタート。2007年12月にブログ化。

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