▼最新記事2018年05月08日up!

辰巳起点散策14 PART2 お台場 レインボーブリッジ

「辰巳起点散策14 PART1 お台場 台場公園」からの続き。


幕末の遺構が残る台場公園で、
165年前の我が日本の防衛技術を感じた後は、
現代の日本の建築技術を知るべくレインボーブリッジ遊歩道入口へ。


遊歩道オープンまで待つこと1時間。


それだけ待ったんだから、
この日、台場口の一番乗りでありたい。


開門を待っていると、
レインボーブリッジをジュグると思しきオジさんが登場。


「俺、並んでますから」をアピールして、立ちふさがる。


開門となり、一番乗りを死守!


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がっ!


ものの数秒で抜き去られた。


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この後もランナーが数人追い抜いて行った。


初のレインボーブリッジ遊歩道だったんで、
とりあえず踏破出来ればいいやぐらいな感じだったんだけど、
南北ルートがあるではないか。


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どちらのルートにするか少し迷ったが、
台場公園と第六台場を上から見てみたいので、
サウスルートをチョイス。


巨大な吊り橋を歩く。
なんか興奮する。


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ここから海にダイブしたら死ぬんじゃないか?
と思うも、自殺防止用の柵はない。


個人的には何でもかんでも「安全」だと、
人間の危機管理能力が低下すると思っている。


よって、このままでOK。
過剰な安全対策は要らん。


途中、サウスからノースルートへの変更が可能。


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このままサウスで。


歩いて程なく台場公園の全景が見えてきた。


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一般人が、この角度から台場公園を撮影出来るのは、
レインボーブリッジだけだ。


これだけで1時間待った甲斐がある。


先程の「護岸に陥没箇所があり、大変危険です。」という警告のため、
足を踏み入れることが出来なかった桟橋も上から確認できる。


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向かって右側には「史蹟 品川臺場」の碑がある。


かつては一般人も船着き場へ足を踏み入れることができたんだろうな。


続いて、第六台場。


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鈴木光司の短編集「仄暗い水の底から」収録の「孤島」の舞台。


この無人島に置き去りにされた人の物語。


こうやってレインボーブリッジから見ると、
人知れず第六台場で生活するのは無理だな。


テクテク歩いていくと台場アンカレイジが見えてきた。


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さもアンカレイジという言葉を知っているかのように書いたが、
吊り橋のメインケーブルを固定(定着)させる為の
巨大なコンクリートブロックであることを初めて認識。


アンカレイジ部分は自動ドアが設置されている。


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内部は関係者以外立入禁止なので、ただ通過するだけ。


アンカレイジの通って少しすると、
第六台場を別角度から見る事が出来る。


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船着き場があるが、かなり短い桟橋なので、
小型ボートクラスじゃないと接岸できそうもない。


上の写真では解り難いが、
向かって左側に藤棚のようなものが設置されていた。


いよいよレンボーブリッジの主塔部へ差し掛かる。
景気も大分変ってくる。


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首都高速湾岸線の海底トンネル(東京湾トンネル)の出入口や、
船の科学館が見える。


子供の頃、海底トンネルの坑内はコンクリではなく、
水族館のような透明なアクリル板で、
海底の様子を見ながら通ることが出来ると勝手に思い込んでいた。


父の運転する車で初めて東京湾トンネルを走行した時、
コンクリで固められ、海中を見る事が出来ないと知り、
かなり落胆した記憶がある。


まぁ、透明なアクリル板であったとしても、
ヘドロのしか見えないのでしょう。


船の科学館は小学生の時に社会科見学で訪れた。


丁度、映画『南極物語』が大ヒットしている頃で、
劇中に登場する南極観測船宗谷が展示されており、
同級生たちと子供ながらに、
「これがあの宗谷か」と感慨に耽ったことを思い出す。


「オーイ!タロー!ジロッー!一緒に日本へ帰ろう!!!」


いえ、「一緒に日本へ帰ろう!」は水島です。





現在のわたくしが、涅槃像を筆頭に巨大仏像に興味を示ようになった根本的なきっかけは、
もしかしたらガキの頃に、学校行事として見たこの市川崑作『ビルマの竪琴』かもしれない。


youtubeのダイジェストを見ると、
CGがない時代の「これぞ映画!」っていえる演出、撮影、編集、演技だ。


見れちゃう。


「仰げば尊し」…泣ける。


中井貴一、石坂浩二、若いなぁ〜。


川谷拓三、小林稔侍!?
出演していたんだぁ〜。


竪琴を持って日本兵のところへ行く現地の子は、
なんと言っているのだろうか。


「ファイトンテーマ!」
市川崑監督は、『ビルマの竪琴』の他、
『犬神家の一族』自作リメイクをしているが、
前者は成功、後者は失敗だった。


自分で綴っておきながら、
まさかレインボーブリッジから、
『ビルマの竪琴』に行き着くとは思いもよらず。


こういう脱線は、
この記事が何を伝えたいのかのが分からなくなるし、
記事も長くなるし、それに伴いアップも遅くなる。


でも散策している時には知らなかったことを、
派生で知ることが出来たりするのが楽しい。


2018年4月現在、違法なんだろうけど、
1976年版『犬神家の一族』がまんまyoutubeにあがっている。





翌日のことを考えて途中で止めたけど、
冒頭から引き込まれた。


冒頭といえば、スティーヴン・スピルバーグ監督作
『レデイ・プレイヤー1』冒頭3分レースシーンが、
日本のみ限定公開されたんで見てみた。





生身の人間がアクションしていたり、本物の車を使っていて、
足りない部分を補うためのCGだったらいいと思う。


例えば、『ジュラシック・パーク』や『マトリックス』、『バイオハザード』、
近年だったら『マッドマックス 怒りのデス・ロード』とか。


フルCGのアクションを見ても何も楽しくない。


CGなんて言葉が浸透していなかった、
SFX世代の人間なので特にそう思ってしまうのかな。


また話が逸れてしまった。


レインボーブリッジに話を戻す。


この巨大な吊り橋を歩いていて感じたのは、揺れ。


でも揺れの原因は、遊歩道と並列の車道を通る車ではなく、
一段上の首都高速を走るトラッククラスの車両。


デカいのが通る度にガタガタと揺れる。


揺れによる恐怖心は、若干あったが、
一番ホラーなのは、超高速で走行するバイクの排気音。


吹き抜けになっているが、
その音の響きは、密閉されているトンネルとほぼ変わらない。


きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーん!
と耳を劈くような音をまき散らして走るバイクの爆音は、
聴覚の敵だ!


ホラー映画とか見ていて思うのは、
視覚よりも聴覚を刺激する方が怖い。


いきなり「ドンッ!」と大きな音を出された誰だって驚く。


視覚的恐怖と聴覚に訴える怖さを組み合わせたら、
最恐であることを熟知しているのが、M・ナイト・シャマラン。


『シックスセンス』『サイン』等々、
実際には無い効果音を入れる手法を用いている。


こけおどし、反則という人もいるようだけど、
人を驚かす演出としてはアリだと思う。


さてレインボーブリッジ遊歩道も終わりに近づくと、
地上から子供たちの元気な声…いや、大人の黄色い声援が聞こえてきた。


下を眺めると少年たちがサッカーの試合をしていた。


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こんな角度から生でサッカーの試合を見たことがない、


子供よりも親たちの黄色い声援が聞えてくるのは、
私が携わっている少年野球チームの試合の時と同じかも。


親あっての少年球技。


そうこうするうちに芝浦出口。


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自動ドアの奥にあるエレベーターに乗って、7階から一気に下界へ。


シースルー型なので、景色を楽しみたいところだが。
アッという間に地上に着いてしまう。


芝浦口からお台場口のレインボーブリッジ。


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この橋を歩いたのかぁ〜という満足感は得られた。


気力・体力・(時の運)は残っていたので、
このままノースルートで戻る選択肢もあった。


でも辰巳までの所要時間を考慮すると、
あんまり余裕がない。

仕方なく最寄駅の芝浦ふ頭駅を目指すも、
そこそこ距離があった。


その歩行距離を鑑みると、
ノースルートの3/2ぐらいは踏破しているはず。


だったらノースルートにすれば良かったと思いつつ、
芝浦ふ頭駅からゆりかもめに乗ってお台場海浜公園駅へ戻る。


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お台場海浜公園駅の改札でSuicaをタッチしたら、
たった一駅分で「247円」!


高っ!
うまい棒が24本も買えるじゃないか。


レインボーブリッジの芝浦口から芝浦ふ頭駅の所用時間と、
ゆりかもめの待ち+乗車時間を足したら、
やっぱりノースルートで戻るべきだったかも。


お台場海浜公園駅から、
東京都道482号台場青海線を東雲方面に向かって歩く。


有明テニスの森公園を過ぎると有明コロシアム。


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1988年8月13日、前田日明VSジェラルド・ゴルドーという格闘技界において、
歴史的な一戦が行われた場所。





実際に有明コロシアムに足を運んだのがいつだったか覚えていないが、
リングスでの田村潔司VSニコライ・ズーエフ戦や、
リングスの旗揚げ10周年記念特別興行、
NOAHのGHCヘビー級戦を見に行った記憶がある。


NOAHの三冠戦も観戦した。
小橋VS秋山だったかな。


有明コロシアムは、客席からリングを見下ろす感じで、
とても見易い会場だった。


コロシアムっていう響きも良い。
戦いの場という雰囲気が漂う。


現在は東京オリンピックに向けて、平成29年12月〜平成31年7月まで改修中。


そんな有明コロシアムの真ん前が、
NOAHの聖地、ディファ有明。


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久々に来たけど、こんなに拓けていたっけ?
特に向かって右側。


なんだか印象がかなり異なる。


ディファ有明でも何度かNAOHの試合を観戦。
丸藤正道のfrom コーナー to コーナーという技に感動したなぁ。





駐車場に故・永源遥のごっついアメ車が停まっていたっけ…。


今、有明コロシアム、ディファ有明近辺にいる旨を、
プロレス好きの仲間にLINEで伝えつつ、
テクテクと歩いていくと…。


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昨日訪れた宮崎勤による第四の事件現場、
都営東雲アパート群。


意図してなかったが、また来てしまった。


こうやってみると、築年数の割には結構綺麗だ。


以上、「辰巳起点散策14 お台場」。


幕末を感じる台場公園も楽しかった。
そして、何よりもレインボーブリッジを徒歩で渡ったのは、
巨大ブリッジ好きとしては、大きな収穫だった。


そして、この日の昼食。


松屋のチーズタッカルビ定食。


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2日前の夕飯は、softbankユーザーのプレミアムプライデーで、
吉野家の牛丼。


昨日の朝食は、新木場の松屋で朝食定食。
昼はまた吉牛。
夜は近所のスーパーで買った天丼弁当


今日の朝食は、ゆで太郎のかき揚げ丼と盛りそば。


食生活終わっている…。




※参考記事:
「辰巳起点散策 PART1 新木場」
「辰巳起点散策 PART2 於岩稲荷田宮神社」
「辰巳起点散策 PART3 鐵砲洲稲荷神社」


「辰巳起点散策2 PART1 富賀岡八幡宮」
「辰巳起点散策2 PART2 木材・合板博物館」
「辰巳起点散策2 PART3 辰巳桜橋」


「辰巳起点散策3 PART1 枝川」
「辰巳起点散策3 PART2 越中島貨物線廃線」
「辰巳起点散策3 PART3 荒川河口橋〜葛西臨海公園」


「辰巳起点散策4 夢の島公園」


「辰巳起点散策5 PART1 八幡橋」
「辰巳起点散策5 PART2 富岡八幡宮」
「辰巳起点散策5 PART3 深川不動尊」


「辰巳起点散策6 東陽町」


「辰巳起点散策7 都営辰巳一丁目アパート」


「辰巳起点散策8 門前仲町」


「辰巳起点散策9 妙見島」


辰巳起点散策10 洲崎神社〜木場公園


「辰巳起点散策11 JR総武本線越中島支線〜砂町銀座商店街」


「辰巳起点散策12 若洲」


辰巳起点散策13 PART1 富岡八幡宮
辰巳起点散策13 PART2 山谷
辰巳起点散策13 PART3 東雲

辰巳起点散策14 PART1 お台場 台場公園

辰巳を起点にして、
門前仲町や山谷、東雲を散策した翌日も辰巳で用事があった。


7時過ぎに辰巳駅に着。
ここから約5時間暇。


前日はチャリを利用して広範囲を散策したが、
この日は辰巳から約3.5キロ離れたお台場へ徒歩で行くことにした。


これまで何度かお台場を訪れたけど、
未達成だったことがことがある。


1)台場公園にある砲台跡を見ていない。
2)レインボーブリッジを歩いて渡ったことがない。


これが本日の達成目標。


辰巳埠頭沿いの道を歩く。
日曜日の朝なんで、歩行者は皆無。
車の往来も殆どない。


東雲運河にかかる橋から、
ちょっと前に麓まで行った東京ゲートブリッジを撮影。


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※参考記事
「辰巳起点散策12 若洲」


橋を渡ると東雲駅。
辰巳同様、周辺に食事処は少なく、
あるのはゆで太郎東雲駅前店ぐらい。


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かきあげ丼セット、520円。


小諸そば派としては、味はともかく、
圧倒的にそばの量が物足りないんだよね。


りんかい線と首都高速の高架をくぐり国道357号線へ。


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ここからまるで面白くない殺風景な道を歩き続けること30分。
お台場に到達。


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前夜、少しお酒を飲み過ぎたからか、
腹具合が悪くトイレを探す。


運よくお台場デックスの駐車場内のトイレを発見。


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ガラッガラの駐車場。
でも10時過ぎたら満車になるんだろうな。


出すモノ出してお台場海浜公園へ。


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貸切!


ポケモンGOをやらなくなって約1年。
お台場は未だにポケモンGOの聖地なのだろうか?


おだいばビーチを歩き、台場公園へ。


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今でこそ台場といえば、東京臨海副都心のお台場となるが、
そもそも台場とは、幕末に日本各地に設置された砲台が置かれた要塞の総称。


台場公園は、江戸幕府が黒船来襲に備えて建設した品川台場六基のうち、
第3番目の台場。


ペリーが浦賀に来航した翌月の嘉永6年(1853年)に着工し、
僅か1年3ヶ月で六基を完成させた。
(当初は7つ建設予定だったが、第七台場は未完)


砲台が置かれている台場という名の通り、
ちょっとした高台になっている。


階段の脇に「公園内で、鳥など動物の死骸を発見した場合は、
手を触れずに公園管理事務所までご連絡ください」
というお知らせがくくりつけられていた。


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そういえば、前日に行った新木場緑道公園にも、
同じようなお知らせが掲示されていた。


階段を上り、高台に立つと台場公園がすり鉢状である事が分かる。


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台場公園には砲台跡以外にも遺構が残っている。
それらは階段を下りた平地にある。


弾薬庫跡。


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台場公園には、全部で5つの弾薬庫跡がある。


雑草や鉄条網に阻まれ近づけない弾薬庫跡が殆どが、
中には潜入出来るものも。


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石垣の組み方がしっかりしていて、隙間がない。
幕末当時そのままではなさそうだ。


昭和3年に公園として開園された時か、
90年代半ば、フジテレビがお台場へ移った頃に、
整備されたのかもしれない。


平坦な窪地の中央部分にあるのが、陣屋跡。


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品川第三台場から大砲を打つことはなかったが、
ペリーが2回目に品川沖へ来航した際、
戦闘員が配置に就いた可能性はある。


もしかしたらこの陣屋跡で、作戦会議が開催されたかも。


陣屋跡の反対側から。


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幕末の遺構とフジテレビ社屋。


全くを持って個人的な見解ですが、
江戸幕府とフジテレビって似ている。


家康が江戸に幕府を開いた時、
その地は湿地帯が多く、都とは程遠かった。


フジテレビが牛込からお台場に転居すると決めた時、
今ほどお台場は栄えておらず、ザッツ埋立地だった。


共にそんなところに拠点を作る?と思わせておいて、
結局、根城にした地域は繁栄した。


暫く平静。
長期政権。


しかし、江戸幕府が黒船来航によって平穏が打ち砕かれた様に、
フジテレビも新しい波に飲まれる。


フジテレビのch番号である8は、
地デジによってリモコンボタンの最後の番号となり、
新聞・TVガイド誌の番組表(ラテ欄)では、目立たない一番右。


更にHulu、ネットフリックスといった映像配信の“黒船”的サービスが勃興。


デジタル放送と配信のダブルパンチを食らってしまった。


後者に至っては、どの地上波も同じ境遇なんだけどね…。


今の若者のテレビ離れは相当だと思う。
テレビを見ずにスマフォやタブレットで動画を視聴するのが当たり前のご時世。
それはこれからも続く。


台場公園の奥にある階段を上り、土手へ。


そこには2基の砲台跡。


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大砲が放たれることはなかったが、
ペリー率いる黒船軍団にとっては脅威となり、
嘉永6年(1854年)の二度目の来航時に横浜まで引き返してる。


砲身が向けられた方向。


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現代だと船の侵入は難しそうだ。


ペリー来航時に設置された砲台の一部が、
こうして残っているのは凄いことだなぁと、
この時は思っていた…。


しかし、この記事を書いてる最中に、
砲台跡が江戸時代のものではないことを知る。


これレプリカなんだ…。


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結構ショック。


「大砲」で検索するとウキペディアに、
品川台場に設置されたカノン砲の画像が出てくるし、
神奈川県立歴史博物館に展示されている事が分かった。


土手の上から北東側(フジテレビの方)を見ると、
遺構らしきものがあった。


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古い礎石の様なものも確認できる。


先の説明板には何も書かれていなかったが、
何かの施設跡なのだろうか?


台場公園の北側からの一枚。


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パンピーは上陸不可能な第六台場とレインボーブリッジ。
後で渡るぜレインボーブリッジ!


それはさておき、ここで問題。


横浜ベイブリッジ、レインボーブリッジ、
開通したのはどっちが先?


簡単か?


横浜ベイブリッジ:昭和55年(1980年)着工、平成元年(1989年)開通。
レインボーブリッジ:昭和62年(1987年)着工、平成5年(1993年)開通。


横浜ベイブリッジの長さは、860m。
レインボーブリッジは、798m。


レインボーブリッジは、芝浦側のループ橋や、
台場側のアプローチ部を加えるともっと距離は延びて1キロを超える。


となると実質、横浜ベイブリッジよりも長くなるんだけど、
横浜ベイブリッジは、完成まで9年という年月を要しているのに対して、
レインボーブリッジは、6年と短い。


架橋の技術の進化なのかな?


話を台場公園へ戻す。


一旦、土手を下りてみると、危険立入禁止区域登場。


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「護岸に陥没箇所があり、大変危険です。」


もちろん安全第一です。


2011.3.11、及び2020年の東京オリンピックの影響によって、
このような立入禁止処置や都市再開発が進み、
人命が守らているのかもしれない。


でも整備されればされるほど、人間の野性的な能力が退化するような気がする。
個人的には自動車の自動運転は、超反対。


また話が逸れた。


再び階段を上り土手にあがるとベンチに気になる物体が。


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最初は魚の開きかと思ったが、
よく見ると鳥の死骸。


「公園内で、鳥など動物の死骸を発見した場合は、
手を触れずに公園管理事務所までご連絡ください」


そんな貼紙を思い出す。


台場公園を満喫し、本日の目標1をクリアしたので、
2つ目の目標であるレインボーブリッジを歩いて渡るに挑戦。


レインボーブリッジの遊歩道の台場口へ行くと…


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開いて無いじゃん!


管理事務所の貼紙によると、
レインボーブリッジ遊歩道は、常時利用できる訳ではなかった。


夏季(4月〜10月)9:00-21:00
冬季(11月〜3月)10:00-18:00


この時、9時6分。
夏季だったら…。


辰巳に戻るという選択肢もあったが、
戻ったところでなんもないんで、
ここは初志貫徹。


1時間弱時間を潰さなくてはならない。


近隣の商業施設は、まだ空いていないし、
営業していたとしても金がかかる。


仕方なく近くのベンチに座り、
スマホでジグソーパズルのアプリを立ち上げる。


小さい頃からジグソーパズルが大好きだった。
小学生の時に2000ピースにもチャレンジした。


今でも地元のヨドバシカメラのジグソーパズルの売り場へ行くことがある。
家でやる時間もスペースもないんで、結局、買わない。


ということで、通勤時間の車中、アプリでやっている。


会社の同僚にそのことを告げたら、
「電車の中で、横の人がパズルやってたら引くわぁ〜」と言われた。


まぁ、そうだろうなぁと思いつつ、今でもやっている。


お台場のベンチでピースを噛み合わせていると、
スマホの画面に白いものが付着した。


なんと雪がちらつき始めた。


周りを見渡すと晴れ間ものぞいていたので、
局地的な天候なのでしょう。


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解り難いけど、手袋の指先の白い佐藤みたいなものが雪。


そんな状況で待っていると、
そろそろレインボーブリッジがオープンする時間に。


以降、「辰巳起点散策14 PART2 お台場 レインボーブリッジ」へと続く。

▼最新記事2018年04月12日up!

#721『映画クレヨンしんちゃん 爆盛!カンフーボーイズ 〜拉麺大乱〜』

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『映画クレヨンしんちゃん 爆盛!カンフーボーイズ〜拉麺大乱〜』
2018年4月13日(金)より全国東宝系にて
配給:東宝
©臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK2018


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ふたば幼稚園。
いつものようにマサオくんが、いじめられそうになる。
しかし、マサオくんは毅然と立ち向かい、いじめっ子を一蹴。


それを見ていたしんのすけ、風間くん、ネネちゃん、ボーちゃんは、
「いつものマサオくんじゃない!」と驚く。


気になったしんちゃんたちが、マサオくんのあとをつけると、
春日部にある中華街アイヤータウンへと行き着いた。


マサオくんは、アイヤータウンにある飲食店の店主である師匠から、
伝説のカンフー“ぷにぷに拳”を習っていた。


マサオくんの誘いや、
しんのすけが師匠に師事する美人カンフーガールの玉蘭(タマ・ラン)に惹かれたこともあり、
みんなで“ぷにぷに拳”を修行することに。


その頃、アイヤータウンでは、
一度食べたら病み付きになるブラックパンダーラーメンが大流行。


しかし、そのラーメンは食べた人を凶暴化する作用があった!


ブラックパンダーラーメンは、師匠の店のみならずアイヤータウンを飲み込み、
更には春日部にまで勢力を伸ばし、人々を狂乱状態へと陥れた。


世の平静を保つべく、“ぷにぷに拳”を武器にカスカベ防衛隊が立ち上がる!


「クレヨンしんちゃん」の劇場版第26作目。
監督は高橋渉。


2013年『バカうまっ!B級グルメサバイバル!!』橋本昌和監督
2014年『ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』高橋渉監督
2015年『オラの引越し物語 サボテン大襲撃』橋本昌和監督
2016年『クレヨンしんちゃん 爆睡!ユメミーワールド大突撃』高橋渉監督
2017年『映画クレヨンしんちゃん 襲来!!宇宙人シリリ』橋本昌和監督


ここ6年間は橋本昌和監督と高橋渉監督の完全交代制。


この2人の監督作は安定したクォリティを保っており、どれも良作だった。


で、『爆盛!カンフーボーイズ〜拉麺大乱〜』も中々良くできていて、
約104分、中だるみすることなく見る事が出来た。


本作はタイトルからも分かるとおり、カンフーが重要なモチーフになっている。


ジャッキー・チェンの映画で育ってきた身としては、
カンフーの扱い方がとても重要。


ちょっと古いが『少林少女』みたいに、
カンフー映画へのリスペクトが微塵も感じられないのは困る。


しかしながら、マサオくんが『プロジェクトA』のテーマを口ずさんだり、
師匠の風貌が『ドランクモンキー 酔拳』のユエン・シャオティエンを彷彿させたりと、
ツボは押さえられているし、トータルのカンフー描写も全く問題なかった。





だけど、不満も幾つかある。


まず、ギャグが圧倒的に少ない。
ほぼ笑うことはなかった。


「クレしん」はギャグマンガであることを忘れないで欲しい。


それからこれは完全に個人的な嗜好なので、
ファンの方には申し訳ないんだけど、
ゲストで登場するみやぞんが苦手で…。


あの嘘くさい無理矢理な笑顔を見るとゾッとする。


まぁ、とにかく明るい安村や日本エレキテル連合など、
劇場版「クレしん」にゲスト出演した芸人は、
すぐに消えることが多いので、みやぞんも年内には…。


因みにとにかく明るい安村さんとは、
文春砲を食らった後、仕事をしたことがある。


雪が舞う極寒の野外ロケでも、パンイチ。
プロだなぁ〜。
浮上して欲しい。


閑話休題。


不満点というか要望。


ななこおねいさんにも、
ブラックパンダーラーメンを食べて凶暴化して欲しかった。


というのは、イマイチ今回、しんのすけに火が点かないんだよね。


しんのすけにとって重要な人物が、
ブラックパンダーラーメンを食べて凶暴になるんだけど、
しんのすけはそこまでの反応を示さない。


元々そのキャラが、
しんのすけに対して凶暴なところがあるからかもしれない。


なので、優しいななこおねいさんが豹変したら、
しんのすけが驚いて、
“「オトナ帝国の逆襲」の階段駆け上がり級”のやる気モードになるかなって。


そして、ネタバレになるから詳細は書けないんだが、
カンフー映画ならば、“闘い”にもっと重きを置いて欲しかった。


カンフー映画の真骨頂は、ラストのボスとの長めの戦い。


圧倒的な強さを誇る敵に立ち向かい、
やられながらも最終的に勝利を得る。


それがないから本作はカンフー映画と謳っているのに、
あんまりスカッとしないんだよね。


オチのつけ方も「それ?」って。
序盤に布石を打ったつもりかもしれないけど、
「あぁ〜!そういうこと!」という感心は生まれない。


てな感じで物足りなさとか不満は、
長年劇場版「クレヨンしんちゃん」を見続けてきたオッサンの老害。
好きが高じて求め過ぎているのも確か。


先述の通り、退屈なんてしないし、
普通に面白いです。


なお、本作は初日が13日の金曜日です。
子供向けの映画なのになぜぇ!?

▼最新記事2018年04月05日up!

辰巳起点散策13 PART3 東雲

「辰巳起点散策13 PART2 山谷」からの続き。


富岡八幡宮、山谷を巡り、辰巳で用事を済ませた後、
次の用事まで2時間半ぐらい空いていた。


あまり遠出はできないので、
辰巳のお隣り東雲方面へと繰り出した。


まず向かったのは、東雲公園。


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1988年から1989年にかけて起きた東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件。
4人の幼女が犠牲になった。


事件発生時、小生は中三だったんだけど、
被害者宅に遺骨を送りつけたり、
深部者に犯行声明文を送付するなど、
今で言うと劇場型犯罪であり、
それはそれはインパクト大な事件だった。


1989年8月。
仙台に住む親戚のおばさんが家に来ていて、
高校野球の中継を見ながら昼ご飯を食べていると、
犯人逮捕のニュース速報が流れた。


リビングにいた全員が「えっ!」と声を上げたのを今でも覚えている。


事件から二十数年経った後、
この事件を題材にしたノンフィクションを読むと、
4人目の事件現場が東雲であると記されていた。


この事件、東京の西側と埼玉で起きたという印象だったので、
東雲というのは意外だった。


あれだけ衝撃を受けた事件なのに、
人間の記憶なんて曖昧なものだ。


で、東雲公園ですが、殺人現場ではありません。


犯人の男は、この公園で次のターゲットを物色していた。


逮捕後の実況見分の時に座っていたベンチ


IMG_2967_RRr.JPG


なんか汚れたものに触れるような気がして、
腰かける気にはならない。


公園では数人の子供たちが、元気に遊んでいた。
この子たちは、事件のことを知っているのだろうか?


多分、知らないだろう。


東雲に知人が住んでいる。


その人は、小生の地元である吉祥寺住まいだったのだが、
息子さんが超難関私立中学に受かり、
通学を考慮して東雲に引越した。


東雲へ移住後、その知人と会った際に、
自宅マンションから見える一角の何ともいえない雰囲気が気になり、
調べてみたら本事件の第4の殺人現場だったという話を聞いた。


それがここ。


IMG_2973_RRr.JPG


4人目の被害者は、
この場所に停められた犯人の自家用車の中で絞殺された。


上の写真に写っている中央奥のマンションが、被害者宅。


殺害された幼女が最後に見た光景が、
自宅マンションだったかもしれないと思うと…。


この日、富岡八幡宮、新木場緑道公園、
都立辰巳の森緑道公園、東雲と殺人事件に関わる現場を訪れた。


この行為を悪趣味、冷やかしと捉えられても仕方ないかなと思っている。


事件を風化させたくないから行くとか、そんな崇高なものでもない。
むしろのそのような考えは、偽善でしょう。


ではなぜ行くのか?


尊敬する作家・天童荒太の著書に「悼む人」という作品がある。


主人公の静人は事件・事故現場へ赴き、犠牲者を悼む。


生涯のベスト5に入るぐらい大好きな本で、
もしかしたらその影響があるのかもしれない。


静人ほどではないが、現場で少しは悼んでいる。


どの事件でも当初は、献花やお供え物が捧げられることが多いが、
時が経てば、お供え物はなくなり、
通行人はそこを何事もなかったかのように歩いている。


だからこそ、自分の記憶に留めておきたい。


事件を知らない人にとっては、何の変哲もない場所なんだけど、
事件現場は、自分にはいろいろと考えさせられる場所なのです。


さて、実はこの場所を見つけるのにちょっと苦労した。


東雲公園周辺を歩き回り、不審者状態。


結果的に行きつけたわけだが、
徘徊中に不思議な階段を発見。


IMG_2970_RRr.JPG


IMG_2971_RRr.JPG


見るからに意味のない階段。


トマソン級。


かつての使用用途を探るべく、
gooで昭和38年の地図を確認してみたけど、
よくわかりませんでした。


以上、「辰巳起点散策13」でした。




※参考記事:
「辰巳起点散策 PART1 新木場」
「辰巳起点散策 PART2 於岩稲荷田宮神社」
「辰巳起点散策 PART3 鐵砲洲稲荷神社」


「辰巳起点散策2 PART1 富賀岡八幡宮」
「辰巳起点散策2 PART2 木材・合板博物館」
「辰巳起点散策2 PART3 辰巳桜橋」


「辰巳起点散策3 PART1 枝川」
「辰巳起点散策3 PART2 越中島貨物線廃線」
「辰巳起点散策3 PART3 荒川河口橋〜葛西臨海公園」


「辰巳起点散策4 夢の島公園」


「辰巳起点散策5 PART1 八幡橋」
「辰巳起点散策5 PART2 富岡八幡宮」
「辰巳起点散策5 PART3 深川不動尊」


「辰巳起点散策6 東陽町」


「辰巳起点散策7 都営辰巳一丁目アパート」


「辰巳起点散策8 門前仲町」


「辰巳起点散策9 妙見島」


辰巳起点散策10 洲崎神社〜木場公園


「辰巳起点散策11 JR総武本線越中島支線〜砂町銀座商店街」


「辰巳起点散策12 若洲」

▼最新記事2018年04月04日up!

辰巳起点散策13 PART2 山谷

「辰巳起点散策13 PART1 富岡八幡宮」からの続き。


ゑんま堂のある法乗院を後にし、
特に行くあてもなく、なんとなく清澄通りを北上。


すぐに清澄白河。


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鉄筋コンクリート造の長屋・旧東京市営店舗向住宅。


関東大震災後の復興事業の一環として、
旧東京市が昭和3年(1928年)に建設した店舗付住宅。


だいぶくたびれている建物もあるが、
カフェやギャラリーとして今でもバリバリ現役。


写真には写っていないが、
「tearoom gallery 楽庵」とか、
「アド街」の清澄白河の回でランクインしていた。


でもって、清澄白河といえば、
塗装・リフォームの株式会社ささきのキャッチコピー。


IMG_2928_RRr.JPG


2014年に深川江戸資料館で落語を見た帰りに発見し、
本ブログでも「素敵なキャッチコピー」と題して紹介している。


2015年に放送された「孤独のグルメ Season5」第二話の冒頭で、
清澄白河駅から出てきた松重豊演じる井之頭五郎が、
この看板に興味を示す件があり、
やっぱり“素敵なキャッチコピー”なんだなと再認識した覚えがある。


因みに井之頭五郎は、深川江戸資料館に仕事で訪問した後、
「だるま」というコの字型カウンターの酒場へ行く。


「だるま」美味そうだし、コスパも悪くなさそうなので、
是非立ち寄りたいところですが、時刻は朝の9時過ぎ。
やっているわけがない。


その後もなんとなーくチャリで北上すると、
うんこビル発見!


IMG_2929_RRr.JPG


正式名称はアサヒビールビル。
うんこは金の炎をイメージしたオブジェ。


この角度からうんこビルを見るのは初めてだ。


2017年の秋、「アサヒビールビルからうんこが消えた」と話題になった。


実際に消えたわけではなく、
日差しの影響や経年劣化で色あせたうんこを塗り替える為、
囲いで覆われて見えなくなっただけなのだが、
こうして目視できるってことは、塗り替え作業が無事に終わった証。


うんこビルがこれだけ至近距離で見える。
つまり東京スカイツリーが近い。


スカイツリーには3年前に行っているが、
折角ここまで来たので、上に登る…
ことはなく下から見上げることに。


IMG_2934_RRr.JPG


「いやー、やっぱり展望台の料金みたいに高いなぁ〜」なんて思いながら麓を通過していると、
プラカードを掲げている係員が何人かいた。


プラカードを見ると「落雪に注意」と書かれていた。


1月22日(月)に記録的な大雪に見舞われたが、
その名残だろうか?


IMG_2878_RRr.JPG
その大雪の日。自宅近く。


シャーベット状に固まった雪が、
落下してきて頭部に当たったら…。


ゾクッとしますな。


さて、東京スカイツリーまで来たものの、
この後はノープラン。


押上駅前で地図と睨めっこ。


今から3年前に訪問して衝撃を受けたドヤ街・山谷
近くはないが、チャリだったら圏内。


実はちょっと前に山谷にあるシャッター商店街・いろは会ショップメイトのアーケードが、
撤去されるという記事をネットで読んだ。


要因は老朽化。


いろは会ショップメイトでは、日雇労働者やホームレスが、
シャッターの閉まった店の前に段ボールを敷いて寝る行為が問題視されており、
アーケードの撤去は、そういう人たち対策なのでは?
と思ったりもして。


果たして、いろは会ショップメイトの現状は如何に!?


ということで、山谷を目指してチャリを漕ぎ漕ぎ。


最大の難所は隅田川なんだが、
向島と今戸の間に架かる桜橋が、渡し船の役割を果たしてくれる。


上から見るとXの形をしている珍しい橋。


IMG_2935_RRr.JPG


車の通行は出来ないので、安心して渡ることが出来るのだが、
向島側からこの橋に辿り着くためには、
かなり急勾配の坂を登ってくる必要がある。


幸い電動自転車だったので、
そこまでしんどくなかったけど、
普通のチャリだったら降りて曳かないと無理。


桜橋を渡り、墨田区から台東区内へ入ると緑道。


IMG_2936_RRr.JPG


いろは会ショップメイトの目と鼻の先に旧吉原がある。


落語の噺「木乃伊取り」や浮世絵から、
吉原へ行くために土手を歩くことは知っていた。





多分、この緑道はその名残なのだろうなと思いつつ、
後で調べたらその通りだった。


吉原大門入口。


IMG_2937_RRr.JPG


ガソリンスタンドの手前にあるのが、見返り柳。


吉原遊郭での遊び帰りの客が、
後ろ髪を引かれる思いを抱きつつ、
この柳の辺りで遊郭を振り返ったという。


有名な老舗天ぷら屋「土手の伊勢屋」を過ぎると、
いよいよ、いろは会ショップメイト…。


IMG_2940_RRr.JPG


あれ?ここだよね?


アーケード撤去の情報を事前に得ていたのにも関わらず、
ここがいろは会ショップメイトであることが信じられなかった。


一旦、商店街をやり過ごして、
「あしたのジョー」の全く似ていない矢吹ジョーの位置を確認。


IMG_2941_RRr.JPG


間違いなく、いろは会ショップメイトの入口だ。


3年前の記事「千束〜旧山谷〜隅田川駅跡〜千住駅跡」に掲載した写真と見比べると、
建物自体はあまり変化していない。


屋根の有る無しでここまで印象が変わるのか…。


空が見えるからか、以前よりも陰気くささは軽減されているが、
相変わらずシャッターを閉めている店が多いし、
店の前には布団替わりとなる段ボールが置かれていた。


IMG_2942_RRr.JPG


ブルーシートが被さったリアカーと自転車は、
以前の記事の写真にも写り込んでおり、
ずっと放置されているのかもしれない。


なんとも不思議な気分で商店街を進むと、
アーケードが残っている一角があった。


IMG_2944_RRr.JPG


追々、骨組み部分も取り除かれるのでしょう。
ハゲタカにやられる前の遺体みたい。


前回来たのは日曜日。
今回は土曜日だからか、開いている店が多いような気がした。


IMG_2945_RRr.JPG


この日はメンズショップが連なって店を開けていた。


多くの店のシャッターが、開くことはないだろう。
そんな中、メンズウェア店が元気に営業しているの土地柄か。


いろは会ショップメイトの衰退の象徴として、
多くのサイトで紹介されているリカーショップ ワッツの側壁。


IMG_2953_RRr.JPG


店は完全に閉まっているが、
洗濯物が干してあり生活感がある。


前回の散策記にはワッツの写真を掲載していないが、
手元にある写真を見比べてみると、
窓に貼られたガムテープ含め、殆ど違わない。


いろは会ショップメイトは、
アップした写真を見てもらえれば分かるとおり、
まるで活気がない。


誰も歩いていない。


そんな中、唯一ザワザワと店外に賑わいが聞えてきたのが、
大衆居酒屋 追分(おそらくオイワケと読む)。


IMG_2946_RRr.JPG


時刻は朝の10時。


朝っぱらから酒飲んで…と思ってしまいがちだが、
それは日中働いている人の感覚。


夜勤の人からすれば、仕事明けの一杯であり、
その意味合いは一緒。


しかしこの追分、
東京都、しかも23区内のお店なのに食べログで評価無し。
写真もあまり載っていない。


一見さんは怖くて入れないよね。


いろは会ショップメイトの吉野通り側の入口。


IMG_2947_RRr.JPG


「山谷は日雇労働者の街 労働者を排除する再開発反対!!」
というスローガンが掲げらていたし、
ワゴン車で見えないが、
入口右側でワンカップを持ったオジ様たちが屯している光景は、
前回と変わらない。


山谷を訪問してから数日後の2月15日(木)の毎日新聞の朝刊に、
「山谷の商店街 アーケード撤去へ」という見出しの記事が掲載されていた。


記事によると撤去の要因は、
老朽化だけでなく、維持費の負担も大きいとのこと。


組合によって賄って来た維持費。
でもこれだけシャッター閉まっていたら、
営業している一店舗当たりが負う金額はデカい。


記事には、約40人のホームレスが、
アーケードの軒下を寝床にしていたとある。


ホームレスにとってアーケードは、
雨風を凌ぐ「家」だったのでしょう。


でも老朽化、維持費の問題を考えると、
撤去は致し方ないかなと思う。


2月末で完全撤去とのことで、
下の写真に写るアーケードも今は消滅しているのかな。


IMG_2952_RRr.JPG


屋根が無くなり明るくなり、
ホームレスも居場所がなくなった。


しかしながら、それだけでこの商店街が甦るわけがない。


毎日新聞の記事でも、ある店主が訴えている。


「新しい客を呼び起こす魅力ある店がない。
 このままではアーケードを撤去しても、
 買い物客は来てくれない」


その通りだと思う。
このままでは、来ないだろうな。


一方で、23区内で、ドトールも、スタバも、
吉野家も、松屋も、富士そばも、マツキヨも、スギ薬局も、
ABCマートも、ユニクロもない、
これ程までにチェーン店に侵食されていない商店街は貴重な気もする。


やりようによっては、
面白い商店街になるかもや!?


難しいか…。


そして、このアーケードの寂れの原因は、
魅力的な店がないからだけではない。


その土地柄も問題。


アーケードを出て、
日本堤交番(通称マンモス交番)のある吉野通りで信号待ちをしていたら、
女性が通りかかった。


その女性に対して酔っぱらった日雇労働者が、
「おんな!おんな!」と、指をさして興奮していた。


朝から酒を飲むのは構わないが、
フラフラと路上に出て危険臭を漂わせるのは不味い。


日中の酔っぱらいを撲滅しない限り
何をしても活性化はないでしょう。


男のワシでも、少し怖いもん。
女性は、来ないよ。


この後、「あしたのジョー」の聖地、玉姫公園へ。


状況は前回とあまり変わらなかった。


IMG_2950_RRr.JPG


ブルーシートで作られた寝床が公園内を占拠し、
数人の日雇労働者が、煙草を吸いながら談笑していた。


公園入口には「不法投棄禁止」の看板が置かれていたけど、
こんなものは意味がない。


IMG_2951_RRr.JPG


彼らにしてみたら公園内のものは投棄物じゃない。
日常生活における必需品なのでしょう。


アーケードが撤去された以外、
数年前に訪問した時とあまり変化のない山谷。


このままだとダメだと思いつつも、
都市開発が進む中、昭和の臭いを強烈に放つ街が、
まだこうして残っていることに、
少しホッとしてしまう自分がいたりする。


山谷を後にし、チャリを飛ばして新木場へ戻る。


自転車シェアリングは、30分単位で料金が加算される。


時計を確認すると次の区切りまで、15分ほどあったので、
もう一ヶ所赴いた。


荒川に面した新木場緑道公園の入口から、
新木場駅方面を撮影した一枚。


IMG_2958_RRr.JPG


ここは2017年11月に起きた女性死体遺棄現場。


被害者は47歳の女性で、
犯人は交際相手で大田区選挙管理委員会職員の男性(55)。


他に付き合っている男がいると知り、
激高して車内で絞殺したとのこと。


殺してしまうぐらいだから、
よっぽど被害者のことが好きだったんだろうなぁ。


死体が発見された日から、2日後に逮捕。


現場付近の防犯カメラに男性の車が映っていたことから、
逮捕に至った。


こんな人気のない場所にも、
防犯カメラが設置されている。


事件解明になったから良いんだけど、
それはそれでちょっと怖い。


新木場駅へ戻りチャリを返却。


辰巳での次の用事まで、まだ少し時間があったので、
ちょっと早いが昼飯にすることに。


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吉野家の牛丼(並)+生卵。


朝は松屋、昼は吉牛。
夜はすき屋か!?


満腹で「しんどいなぁ〜」と思いながら辰巳方面へ。


ここは都立辰巳の森緑道公園の一角。


IMG_2964_RRr.JPG


近くに木製のテーブル付ベンチがあり、
コンビニで買ってきたおにぎりとかを食べたり、
暇をつぶすため本を読んだりしたことがある。


そんな慣れ親しんだ場所が、
殺人事件現場だったと知ったのは、つい最近。


警視庁のホームページに、、
「辰巳二丁目都立公園内殺人事件」
として掲載されている未解決事件。


今から14年も前の事件であり、
おそらくこのまま迷宮入りでしょう。


富岡八幡宮、新木場緑道公園、都立辰巳の森緑道公園と、
殺人現場を巡って来たが、この日はもう一つ、
日本中を震撼させた事件の現場へ行った。


以降「辰巳起点散策13 PART3 東雲」へ続く。

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プロフィール

1974年、東京都生まれ。少年時代、ジャッキー・チェンの映画に魅了され、映画小僧の道を突き進む。大学卒業後、映画宣伝代理店に入社。『リーサル・ウェポン4』、『アイズ ワイド シャット』、『マトリックス』などを担当。

2000年、スカパー!の映画情報専門チャンネル「カミングスーンTV」転職し、映画情報番組の制作を手掛けたのち、2006年、映画情報サイトの運用に従事。その後、いろいろあって、2013年7月よりCS放送「エンタメ〜テレHD」の編成に携わっている。

本ブログは、多ジャンルの情報提供を志すT-SHIRT-YA.COMのオファーを受けて、2003年4月にスタート。2007年12月にブログ化。

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