2011年04月22日更新

田中好子さん

今朝、出勤前「とくダネ」のオープニングを見て、
田中好子さんが亡くなったことを知った。


そりゃ、驚きました。


「そういえば、最近、あまりメディアに出ていなかったなぁ」という思いに至る。


田中好子さんと言えば、“元キャンディーズ”となりますが、
自分が物心ついた頃には既に解散していて、女優として活躍されていたので、
“女優・田中好子”の方がしっくり来る。


やっぱり一番印象に残っているのは、『黒い雨』(89)。


広島で被爆してしまった女性・高丸矢須子を演じ、高い評価を得たわけですが、
恐らく、田中好子さんにとっても、この作品はとても重要だったに違いない。


随分前に見たっきりだけど、矢須子の髪の毛が抜け落ちるシーンは、
鮮明に覚えている。
それぐらい強烈だった。


あと、あまり同調してくれる人はいないかもしれないけど、
『リング0バースデイ』(00)も忘れがたい。


貞子の謎を追う女性新聞記者・宮地役で出演しているんだけど、
そこそこおっかない役で、「こういう役もやるんだぁー」って思った。


そして、個人的にはなんといっても阪神・淡路大震災で被災した家族を描いた『ありがとう』(06)だ。


今から4年半ぐらい前の2006年10月に、この『ありがとう』で、
共演者の赤井英和さんと一緒にインタビューをしたことがあるのだ。


取材現場で、
「きちんとお答えしたいので、事前に質問案を確認させて下さい」と言われた。


作品が作品なだけに誠意をもって、自分の言葉で語りたい。


そんな思いがあったのではないでしょうか?


そして、田中さんの発言の中で、


「復興した神戸の人たちは、まるで何事もなかったかのように、
 強く前向きに生きている。
 辛い体験をしたからこそ、普通に生きているのかなって思いました」


と言っていたのですが、
その言葉が、東日本大地震が起きた際に、思い出された。


今回の訃報を聞くに、1992年に乳がんが見つかって以来、
再発を繰り返していたという。


もしかしたら、このインタビューをした時も、
ガンに蝕まれていたのかもしれない。


で、そのインタビュー記事は、当時運用していた映画情報サイトでUPしたのですが、
もうその映画情報サイト自体が消滅しており、読むことが出来ない。


しかしながら、「原稿が残っているかも?」と思い探してみたら、
ありました!


東日本大震災のこともあるので、
テキストのみですが、下記、『ありがとう』のインタビューを掲載しようと思います。


『黒い雨』で女優として開眼し、『ありがとう』にも出演した田中好子さんが、
大震災が発生し、更に原発事故が起きた直後に亡くなる。


単なる偶然に過ぎないのですが、なにか繋がりを感じてしまいます。


心よりご冥福を申し上げます。


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■『ありがとう』赤井英和&田中好子 インタビュー
“震災から得たものは?”


2006年10月11日
場所:ビュー・スタジオ
出席者:赤井英和&田中好子
取材・文:伊藤P


1995年1月17日。阪神淡路大震災。
カメラ屋の店主、古市忠夫氏はその日、被災し、友も、家も、財産も失った。
地元の消防団のボランティアとして救済活動に従事し、一方で、プロゴルファーを志す。
古市氏のプロゴルファーへの夢は、家族だけでなく地元の人々へ勇気と希望を与えることになる。


実在の人物、古市氏を演じたのは赤井英和さん。古市さんは常に前向きで人情味溢れる熱い男。赤井さんのキャラと合致し、まさにはまり役。


そして、頑固な古市氏を半ば呆れながらも、信頼し支える妻、千賀子役には田中好子さん。劇中、二人の息の合ったやり取りはまるでコントのよう。


二人の明るさは、この映画の肝でもある。そんな夫婦を演じた赤井さんと田中さんにお話を聞いた。




Q:『ありがとう』に出演して思うこと、感じたことは?


■赤井:素晴らしい作品に参加できて、良かったと思っています。この作品を通じて、多くの人に、勇気と希望を持つことの大切さが伝わればと思っています。


■田中:私は震災を経験したことがないので、その怖さはわからないのですが、テレビなどで「食べ物や水、衣類が届きました。住む所も与えられました」というの情況を見聞きして、人間は衣食住があれば生きていけるのだと思っていました。しかし、この映画に出させて頂き、多くの方々の声を聞きまして、それだけでは駄目なんだと。夢と希望がないと人間は生きていけないということを学びました。




Q:実在の人物である古市夫妻をどう演じようと思いましたか?


■赤井:古市さんとお会いして、情熱的で熱い人だと感じました。その積極性を役作りに反映しようと思いました。映画にある夫婦の漫才みたいなやり取りは、田中さんがそういう雰囲気を出してくれて随分と助けられました。さすが、大女優やなーと。そんな大女優とご一緒させて頂きまして、ありがとうございます。田中さんあっての、赤井演じる古市忠夫なのです。田中さんじゃなくて、他の女優さんだったら台本かわってますよ(笑)。


■田中:古市さんは街の復興には一生懸命なのですが、家の復興にはあまり積極的ではありません。妻と娘が支えている情況。でも千賀子さんにお会いして納得しました。奥様はとても控え目ですが、とても芯がしっかりしていて、明るくて、この方だからこの旦那さんを陰でしっかりと支えることが出来るのだと思いました。この部分を表現できればと思いました。あと私は東京生まれの東京育ちなので、関西弁が難しかったです。そこは赤井さんにリードして頂きました。


■赤井:とんでもございません。関西弁のアドリブがすぐに返って来ました。さすがは主演女優賞やなと思いましたね。


■田中:赤井さんだって主演男優賞じゃないですか。


■赤井:いや、俺は新人賞でした。


■田中:1989年に私が『黒い雨』で主演女優賞を頂いた時に、赤井さんが新人賞(『どついたるねん』)。だから、いつも授賞式で一緒でした。それが、こんな夫婦役をやるなんてねー。


■赤井:ねー。




Q:「ありがとう」「希望を持つ」「生かされている」といったセリフに込められた思いは?


■赤井それは古市さんが搾り出した言葉だと思います。「ありがとう」という感謝の気持ちはとても大切です。そして、それを言葉にして伝えることも大切です。


■田中:命を落としてしまった人のためにも、人と人が支えあって、助け合って生きていく。生かされている私たちが頑張って、夢と希望を持って生きていかなくてはいけないんだと、赤井さんのセリフから伝わってきましたね。




Q:地震ではありませんが、911全米同時多発テロでも多くの方々が生き埋めにになりました。映画『ワールド・トレード・センター』のモデルで、実際に生き埋めになりながらも、奇跡的に救出されたウィル・ヒメノ氏も「自分は生かされているので、一分一秒を大切に生きようと思っている」と言っていました。


■赤井:そういった情況を経験した人はそう思うのでしょうね。古市さんも震災によって、どんな逆境でも夢や希望を失わないことの大切さを知った訳ですから、震災に遭わなかったらプロゴルファーを目指さなかったでしょうね。


■田中:私の身内が神戸の長田区に住んでいて、家屋は傾いただけだったのですが、火事が50メートル先まで迫って来たそうなんです。でも風向きが変って助かった。風によって命が左右される。その人は亡くなられた方の分まで、生きなくてはいけないって感じたと思います。明日は我が身ですから、助け合って一日一日を生きていかなくてはいけないんだと思いますね。




Q:赤井さんは大阪出身ですね。


■赤井:あの時は東京にいました。両親は大阪にいて何ともなかったのですが、神戸には赤井家の本家もありますし、従兄弟も住んでいますし、仲間もたくさんいました。幸い不幸なことはなかったのですが、家が半壊したりとかはありました。なんか、家族や仲間が地震にあったのに、俺は何もない。なんか申し訳ない気持ちになってしまいましたね。


■田中:神戸の人たちはとても強く元気に生きていますよね。震災直後、新幹線で神戸の近くを通ると、ブルーシートがたくさん敷かれていて悲惨さが伝わってきました。でも10年経って訪れたら、見事に復興していました。神戸の人たちもまるで何事もなかったかのように、強く前向きに生きている。辛い体験をしたからこそ、普通に生きているのかなって思いました。


■赤井:神戸の人には明るさがありますね。




Q:最後にメッセージをお願いします。


■赤井:人は優しさがなければ、生きてはいけないと思います。そして、「ありがとう」という気持ちが大切です。気持ちだけではなく、ちゃんと言葉にして、奥さん、旦那さん、親、子供、恋人に「ありがとう」と言いたくなる映画です。この映画を見て優しい気持ちになってください。


■田中:震災はいつ降りかかってくるかわかりません。この映画を見て、夢や希望、生きる勇気を持つことの大切さをもう一度見直して頂けたらなと思います。




『ワールド・トレード・センター』のモデルとなったウィル・ヒメノ氏の「生かされているから、一分一秒無駄にしたくない」という言葉に感銘を受けた伊藤Pは、『ありがとう』が同じテーマ性を持っていると感じ、その部分に重きを置いて質問をしてみました。


実際に震災やテロを経験している訳ではないので、大それた事は言えないのですが、『ワールド・トレード・センター』も『ありがとう』も“助け合うこと”、“生きること”について考えさせられる映画でした。そして、インタビューをして、お二人が伝えたい部分もそこだと感じました。


また、劇中の夫婦漫才は笑えるのですが、お二人のやり取りを見て、なるほど!と思いました。お茶目な赤井さんと、気丈な感じの田中さん。映画の中の古市夫妻と実際の赤井さんと田中さん、似ています。


『ありがとう」
配給:東映
公開:2006年11月25日
劇場情報:全国東映系にて

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コメント (3)

初めまして。『ありがとう』とても好きな映画なのですが、このインタビューは貴重ですね。こちらのプログをTwitterで紹介させていただいてもいいでしょうか。

伊藤P:

>うえれいさん

コメントありがとうございます。
ツイート是非お願い致します!

ノロマナカメ:

はじめまして、私はスーちゃんのお葬式の時に乳がんを知り、吃驚しました。
私は、そのことでもし自分が乳がんになったらボランティア活動をしようと考えていました。
昨年、8月に乳がんになり今は『女性特有の病気から守る・ピーチの会』を立ち上げて頑張っています。

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プロフィール

1974年、東京都生まれ。少年時代、ジャッキー・チェンの映画に魅了され、映画小僧の道を突き進む。大学卒業後、映画宣伝代理店に入社。『リーサル・ウェポン4』、『アイズ ワイド シャット』、『マトリックス』などを担当。

2000年、スカパー!の映画情報専門チャンネル「カミングスーンTV」転職し、映画情報番組の制作を手掛けたのち、2006年、映画情報サイトの運用に従事。その後、いろいろあって、2013年7月よりCS放送「エンタメ〜テレHD」の編成に携わっている。

本ブログは、多ジャンルの情報提供を志すT-SHIRT-YA.COMのオファーを受けて、2003年4月にスタート。2007年12月にブログ化。
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