2013年02月15日更新

#689 『ゼロ・ダーク・サーティ』

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『ゼロ・ダーク・サーティ』
2013年2月15日よりTOHOシネマズ有楽座ほか全国にて
配給:ギャガ
Jonathan Olley ©2012 CTMG. All rights reserved


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2011年5月1日、パキスタンに潜伏中のところをアメリカ・ネイビーシールズによって急襲、
殺害された9.11の首謀者ウサマ・ビンラディン。


そのビンラディンを追い込んだのは、CIAの女性分析官だった。
知られざる彼女の8年間の戦いと苦悩を描いた話題作。


アカデミー賞受賞作『ハート・ロッカー』のキャスリン・ビグロー監督と
脚本家のマーク・ボールが、再度コンビを組んだ作品。


当たり前の話だが、『ゼロ・ダーク・サーティ』と『ハート・ロッカー』は、
扱っている題材が違う全く別の作品だ。


『ハート・ロッカー』にあったものを、『ゼロ・ダーク・サーティ』に求めてはいけない。


とはいえ、両作とも舞台が中東で、そもそもきっかけが9.11で、
“知られざる現場の実態”にフォーカスしているので、
否応なしに“『ハート・ロッカー』再び!”を期待してしまう。


しかし、その期待はやっぱりしてはいけなかった。


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本作の主人公は、CIA分析官マヤなわけで、
彼女を中心に物語が展開されていくんだが、決して主観的にはならない。
あくまでも客観的に描いていく。


また、『ハート・ロッカー』が、
実際にあった出来事や兵士の体験談を基にしたフィクションだったのに対して、
『ゼロ・ダーク・サーティ』は、多少の脚色はあるだろうが、
基本は史実に則っている(らしい)。


この史実を元にしている点が、実は厄介。
なぜなら作り手が、好き勝手にドラマを“盛る”ことが出来ないから。
故にドラマチックな演出をするのは、やや困難になる。


さらに、本作に至っては、
観客は見る前から結末を知っている。


その結末に至るまでの過程が、本作で初めて明らかになる。


当然、見る側もそこが一番のポイントになるし、
作り手もそこをどう描くかが、重要になる。


しかし、『ゼロ・ダーク・サーティ』は、客観的だし、ドラマチックじゃないしで、
感情移入しにくく、なんかただ史実を目の前に並べられているだけのような気がした。


もちろん、マヤの成長や苦悩が描かれてはいるんだけど、
成長ぶりは予測の範疇だし(言ってしまうと、ラストシーンまで読めてしまった)、
苦悩も深くまで踏み込まず、(恐らく意図的に)突き放しているので、
そこまで親身になれない。


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あと、これも史実に忠実であるが故の悪影響なんだけど、
もうひとつ緊迫感が足りない。


『ハート・ロッカー』的な、ヒリヒリとした緊張感が味わえるのは、
アメリカの基地にアルカイダの幹部であるヨルダン人医師を呼び込むシーンと、
パキスタンでの特殊部隊による捜索シーンぐらい。


特に顕著なのが、40分にも及ぶクライマックスの襲撃シーン。
先述の通り、われわれは結末を知っている。
つまり、この作戦が成功することを知っているのだ。


しかし、ここも史実とあまりに違うことは描けない。


確かにネイビーシールズたちの姿を今までにない撮影方法で捕えていて、
あたかもそこにいるかのような臨場感を味わうことが出来るんだが、
「この先どうなるんだろう?」というサスペンスは、あまり感じられない。


ドキドキしないのである。


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さらにこの急襲シーンで、マヤは完全に蚊帳の外になる。


作戦実行中、マヤはほんの数カットしか登場しない。


これも史実だから仕方ないんだが、主人公マル無視のクライマックスって・・・。


マヤ自身が作戦の実行部隊に入らない、直接指揮も執れないことが、
彼女が作戦完了後に行き着く心情に多少の影響を及ぼしていることも理解しているんだが、
本作は劇映画なわけでして・・・。


このクライマックスを筆頭に、全編を通して「へぇ〜、そうだったんだぁ」、
「こういう風にしてアジトを突き止めたんだ」という事実を知ることは出来るが、
その先にある、劇映画ならではのスリルやサスペンス、感情に訴える熱い何かを感じることはなかった。


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でも、なんかこのドライな感覚が、ビンラディン殺害に対する世間の目、
そして時代の流れを象徴しているような気もする。


ビンラディンが殺害された時の報道を見たが、
「9.11の報復完了!やったぜぇベイビー!!!」というような雰囲気ではなかった。


フセイン政権崩壊の時の歓喜とは違って、どこか醒めていた。


結局、ビンラディンが死んでも、テロの犠牲者が生き返るわけでもないし、
テロも無くならない。
つい先日だってアルジェリアで悲しいテロがあった。


キャスリン・ビグロー監督が、マヤをヒロイックに描かず、
且つ、政治的なメッセージをほとんど入れず、
終始冷たい目線で描写した理由は、これかもしれない。


鑑賞直後は、物足りなさを感じたんだけど、
冷静になって咀嚼してみると、
なるほど、時代を端的に表したよく出来た映画かも・・・という思いに至る。


それとビンラディン殺害から、わずか1年半の間に、
映画を作って、公開してしまうハリウッドのスピード感は、
題材が題材なだけに、素直に凄いと思う。


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【一言メモ】
タイトルのゼロ・ダーク・サーティとは?
深夜0:30を指す米軍事用語。ビンラディン(暗号名:ジェロニモ)殺害に至った作戦の決行時間。(作品資料より)

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プロフィール

1974年、東京都生まれ。少年時代、ジャッキー・チェンの映画に魅了され、映画小僧の道を突き進む。大学卒業後、映画宣伝代理店に入社。『リーサル・ウェポン4』、『アイズ ワイド シャット』、『マトリックス』などを担当。

2000年、スカパー!の映画情報専門チャンネル「カミングスーンTV」転職し、映画情報番組の制作を手掛けたのち、2006年、映画情報サイトの運用に従事。その後、いろいろあって、2013年7月よりCS放送「エンタメ〜テレHD」の編成に携わっている。

本ブログは、多ジャンルの情報提供を志すT-SHIRT-YA.COMのオファーを受けて、2003年4月にスタート。2007年12月にブログ化。
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