2008年07月03日更新

日航機墜落事故





クライマーズ・ハイ
『クライマーズ・ハイ』
7/5より丸の内TOEI1ほか全国にて
配給会社:東映、ギャガ・コミュニケーションズ




映画『クライマーズ・ハイ』の題材となった日航機墜落事故。
当時、伊藤Pは10歳でしたが、
事故の日とその後の報道を今でも鮮明に覚えている。


この事故と先日死刑執行された宮崎勤の事件は、
事故発生、逮捕時が夏休みだったということもあり、
テレビの報道を食い入るように見ていた。


この事故と事件は、伊藤Pにとっての1980年代の2大衝撃として、
強く心に刻まれている。


当時、まだ小中学生だったので、
受け止め方は今とは全然違うけどね。


日航機墜落事故に関しては、
事故現場の凄惨な写真を掲載した週刊誌を友達と見て、
「スゲー」って興奮していた。


今思うと、メッチャ不謹慎なんだけど、
何分、小学生なんで、人の死の痛みなんて良くわかっていなかった。
単に怖いもの見たさだったんだと思う。


この事故が伊藤Pの中で興味本位からもっと違う何かに変化したきっかけは、
やはり横山秀夫の小説「クライマーズ・ハイ」。


小説の中で、事故現場である御巣鷹山に登った記者はこう語る。


「まさに地獄絵図だった」
「登った人間にしかわからない」


クライマーズ・ハイ


続いて、山崎豊子の「沈まぬ太陽」を読んだ。


「クライマーズ・ハイ」を読んだ上で、
この全5冊に及ぶ超大作に触れて、日航機墜落事故の認識が激しく変わった。


まさに地獄絵図が描かれていた。
そして、被害者遺族の深い、深い悲しみが・・・


そして、事故関連書籍も数冊読み、
ネットで事故に関するいろいろな文献も読んだ。
中には、先述の週刊誌に掲載された写真もあった。


その写真はもう本当にいたたまれなくて・・・
写真見て「スゲー」って言っていた20年前の自分を恥じた。
涙が止まらなかった。


異変から墜落までのコックピット内の様子が記録されていたブラックボックス。
「沈まぬ太陽」で詳細に記されていたけど、
なんとこれもネットに実際の音声が掲載されていた。


あまりの生々しさに、絶句。
その後を知っているだけに息苦しくなって、途中で聞くのを止めた。


この日の夜は寝付が悪く、悪夢を見た。


ざわめく心と、モアモアしたやるせない感情。


暫く引きずった。


20年前の事故で、しかも間接的に触れているにも関わらず、
こんな心境に第三者を陥れる航空機事故史上最悪の惨事。


事故当時、実際に御巣鷹山に登り、肉眼で見た記者たちは、
一体、何を感じ、どう処理し、どう真実を伝えようとしたのか?


恐らく現場に立った報道記者たちにとって、
この事故がもたらした影響は計り知れないんだろうな。。。


ちょっと纏まりに欠けた文章になってしまいましたが、
映画『クライマーズ・ハイ』を見る or 見たなら、
原作も読んで欲しいし、「沈まぬ太陽」も是非読んで欲しい。


そして、未だ明らかになっていない事故原因が究明され、
二度とこのような事故が起こらないことを心から祈ります。


<余談>
先日、「めざましテレビ」で『クライマーズ・ハイ』の特集をやっていた。
その時、入社1年目の軽部真一アナが、
リポーターとして御巣鷹山に登っていたことを知った。
事故の一目撃者として、是非、お話を聞いてみたい。


映画『クライマーズ・ハイ』の感想はコチラ

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プロフィール

1974年、東京都生まれ。少年時代、ジャッキー・チェンの映画に魅了され、映画小僧の道を突き進む。
大学卒業後、映画宣伝代理店に入社。
「リーサル・ウェポン4」、「アイズ ワイド シャット」、「マトリックス」などの宣伝を手がける。
2000年、スカパー!の映画情報専門チャンネル「カミングスーンTV」にて映画情報番組の製作に従事。
2006年11月、「カミングスーンTV」が総合エンタメチャンネル「シーエス Gyao」に変更したのを期に、映画情報サイトの運営に関わる。
現在は「Gyao」の「最新映画ナビ」をメインに、最新映画情報を収集、提供の業務に携わっている。

本ブログは、多ジャンルの情報提供を志すT-SHIRT-YA.COMのオファーを受けて、2003年にスタート。
開始当初はコラムだったが、2007年にブログ化
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