2011年10月03日更新

ディープツアー2011 鎌倉 PART3

PART2からの続き】


「多可邑」を後にした2人は、「報国寺」方面を向かう。
参拝せずに「報国寺」の風情ある石垣に沿って突き進んでいくと、
アサちゃんが「次が今日のメインですから」と意味深な発言をする。


報国寺


目的地は「釈迦堂口切通」。


釈迦堂切通


しかし、この後、とんでもない事態が!!
なんと本日のメインディッシュ「釈迦堂口切通」が、崖崩れのためまさかの通行禁止!!
ちゅうかさきの案内看板に「通行禁止」ってしっかり書いてあるがな!!


釈迦堂切通


釈迦堂切通


長年の自然の隆起なのか、人工的に掘られたものなのかわかりませんが、
誰もが「これは凄い!!」と思わせる風景が目の前にあるにも関わらず、
入り口手前に金網のフェンスが二重に立てられ、行く手を阻む。


金網の手前からも「釈迦堂口切通」の圧倒的かつ神秘的な景観を感じることが出来るんだが、
やはりもっと間近で見てみたいし、くぐってみたいし、反対側から拝んでもみたい。


アサちゃんは「釈迦堂口切通」を相当楽しみにしていたみたいで、かなり落胆の様子。
その後、5分以上もフェンスの前に佇んでいた。


そりゃそうだよねぇ。
フェンスの先にある「釈迦堂口切通」はこんな感じなわけですよ。


釈迦堂切通正面
「釈迦堂切通正面」


釈迦堂切通内部
「釈迦堂切通内部」


釈迦堂切通内部
「釈迦堂切通内部2」


釈迦堂切通内部3
「釈迦堂口切通内部3」


釈迦堂切通大町側
「釈迦堂口切通」反対側(大町側)。


なんでもこの「釈迦堂口切通」は、一時、取り壊すという計画があったそうな。
幸い、住民の要望によって、その計画はポシャッたんだけど、
こういう素晴らしい場所を破壊するのは、愚行としか思えない。


引き続き保存して欲しいし、本当に凄い場所なので、いつでも、誰もが観光できる様に、
景観を損なわない程度に整備して欲しいな。


フェンスの手前からも強烈なオーラを放つ「釈迦堂口切通」を後にした2人は、鎌倉市街地へと向かう。


その途中に「大御堂橋」というのがあり、橋の下を流れる「滑川」には鯉がたくさん泳いでいるという。


御堂橋


アサちゃんは小学生の頃、よく橋の上から唾を吐いたそうな。
するとエサと勘違いした鯉が、一斉にどわぁぁぁぁぁ!!!と群がるんだと。


中々の悪ガキだったと思しきアサちゃんの少年時代から25年経ちましたが、
今も昔もその行動パターンに変りはありませんでした。


鯉
何かに群がる鯉


空腹な鯉がたくさん拝める「大御堂橋」を渡って、
左折するとすぐに右手に洋菓子屋「Kamakura New German」がある。
ここでアサちゃんは学生時代バイトしていたという。


kamakuraNEWgerman


更にその洋菓子屋のはす向いにあるマンションに、少しだけ住んでいたんだそーな。
ちゅうことで、思い出の住居をパシャと撮影。


マンション


アサちゃんの甘酸っぱい(?)少年期を回顧したあとに向かったのは、「魔の淵のお地蔵さま」。
横に川があり魔の淵と呼ばれているのが由来らしく、
アサちゃんによると地元の子供たちの間では、ちょっとした心霊スポットとして知られていたという。


普通の通り沿いにあるので、全く怖くはないんだが、
確かに異様な雰囲気は醸し出していて、ちょっとカメラを向ける気にはなれなかった。


続いて、「源頼朝の墓」が近いということで行くことにしたんだが、
そのまま向かうのもつまらないので、これまたアサちゃんがならではのルートを設定。


左に曲がれば「源頼朝の墓」という道をそのまま直進すると、左手に巨大な廃屋をたまたま発見。


廃屋


今まで書かなかったが、鎌倉には廃屋が至るところにあった。
廃墟好きにはたまらないんだが、古都鎌倉にはあまり似つかわしくないように思う。


廃屋を過ぎて少し行った小路を左折すると、突き当たりの山肌の急斜面に階段が。
しかしうっそうと草木がおおい繁り、登って行くには少々厳しい。


通り過ぎてから、あの階段の上に「北条義時の墓」があるとかないとか・・・
という話をアサちゃんから聞いた。


もしも本当に「北条義時の墓」があるのだとしたら、なかなか悲しい事実だ。
だって鎌倉幕府の政権をを一時握った歴史的にも重要な人物なわけでして、
それが無縁仏以下の扱いなんてね・・・。


切ないと思いながら、さらに細い路地を進むと先程の巨大廃屋の反対側へと出た。
そこにはこれまた巨大な倉が。


廃屋裏


あれだけの屋敷とこれだけの倉を所有していたってことは、
それなりの身分の人が暮らしていたんでしょうね・・・。


切ない思いを更に加速させたのが、次の「大江広元の墓」。
大江広元は、源頼朝や北条家と共に鎌倉幕府を動かした要人だが、
「北条義時の墓」同様、墓へと続く階段は整備されておらず野ざらしの状態。


大江広元


そんな寂寥感漂う一角を過ぎると「源頼朝の墓」だ。
「白旗神社」の脇にある階段を登り、教科書でしか見たことが無かった「源頼朝の墓」を肉眼で見る。


源頼朝の墓階段


源頼朝の墓


流石に観光名所なだけあって、数は多くはないが観光客が途切れることなくやってくるので、
今日初めて訪れた“まともな”観光名所なんだなという思いに至る。


「白旗神社」にもきちんと参拝。


白旗神社


本日初の観光名所の次は、やはり観光スポットである「腹切りやぐら」。
鎌倉幕府の末期、新田貞義に攻め込まれ敗走した北条高時ら北条一家とその家臣870名が切腹した場所。
まさに鎌倉幕府終焉の地と言える曰く付きの場所だ。


「源頼朝の墓」に程近い商店の脇にあった瓶のコーラの自動販売機に風情を感じながら、
途中にあるコンビに所用で立ち寄る。


自動販売機


コンビニを出て数分歩くと「東勝寺跡」近辺のやや細い坂道の途中に「東勝寺橋」があり、
脇の公園で小学生たちが遠足(?)なのかレジャーシートを広げてガヤガヤと騒いでいた。

子供たちの雄叫びを聞きながら、“思いっ切り”住宅街の坂道を上がり続けると急に雨が降りだした。
しかも今日一番の降り。


傘を差しながら進むと舗装されていた道が突然途切れ、いきなり山道の入口へと突き当たる。


腹切りやぐら


山道の手前にある看板の左横奥にあるのが、「腹切りやぐら」だ。


腹切りやぐら


傘を差しながら「腹切りやぐら」に近づき、まずは手を合わせる。
そして、写真を撮ったんだが、数枚オーブのようなものが写っていたが、
きっとフラッシュによる光の反射かなんかでしょう。


腹切りやぐら


腹切りやぐら


腹切りやぐら


雨も凄く、ちょっと行った先が住宅街なんて信じられないぐらい木が繁っていて、
まだ昼間だというのに薄暗い。
「小坪トンネル」や「釈迦堂」には霊的な何かを全く感じなかったが、
「腹切りやぐら」は、過去にあった出来事が出来事なだけにちょっとゾクゾクした。


そして、「腹切りやぐら」をあとにした直後、
あれだけ激しく降っていた雨がピタリとやんだ。


結局、この日傘を差したのは、「小坪トンネル」と「腹切りやぐら」だけだった。


さて、次なるスポットは、またまた“穴系”。


来た道を少し戻り、「東勝寺橋」の手前を左折し、道なりに坂を上がるとありましたトンネルが!


ガストンネル


雰囲気最高です!
やっぱり“穴”は魅力的だ。


どんなトンネルにも名前ぐらい付いているものだが、このトンネルにはない。
名無しのトンネルだ。


アサちゃんによると、通称「ガストンネル」と言われていて、
トンネルを抜けた先の民家でガス自殺があったことが由来らしい。


ということで、トンネルをくぐりました。


ガストンネル内


抜けた先の風景。


ガストンネル反対側


ここの近くで本当にガス自殺があったのか?
しかしながら、そんな自殺があったかどうかはアサちゃんにも分からないという。
(多分、噂の範疇だと思う)


かなり道端が狭く、天井も低い小さいトンネルなんだが、普通に車の往来がある。


ガストンネル


因みにこの「ガストンネル」は「宝戒寺トンネル」とか「妾トンネル」とか呼ばれているようだ。


この先を行くと、初っ端の「ぼたもち寺」とか寺院がたくさんある通りに戻ってしまうため引き返すと、
行きは気が付かなかったが、坂の途中から鶴岡八幡宮が見えた。


鶴岡八幡宮


昼飯以降も大分歩いたし、時間も丁度3時ごろだったので、
「鞍馬天狗」で有名な作家の大佛次郎がもてなしの家として所有した建物を修復し、
カフェにした「大佛茶廊」に向かうが、休館日だった。


しかしながら、焼き鳥屋「ひら乃」に開店と同時に行こうと決めていたので、
ここで休憩してしまうと、「ひら乃」で飲む一杯目のビールの美味さが半減してしまう。
だから休館日で良かったのかもしれない。


その「ひら乃」の開店まだまだ時間があるということで、近場での散策を続けることにしたんだが、
ここでもアサちゃんのセレクトは一般的に有名な観光スポットではなく、
「海蔵寺」という聞いたことのない寺だった。


「若宮大路」を横断し、天候があまりよろしくないのにも関わらず観光客で溢れ返っている小町通りを突っ切り、
横須賀線の小さい踏切を渡り、右折。


左手には「寿福寺」、「英勝寺」、「阿仏尼供養塔」、そして、「和」という文字が墓石に彫られた謎のお墓、
右手の線路内には、朽ち果てた階段や石の重りというなかなか風情のある道を数百メートル歩く。


線路内階段


線路内重り


小町通りからさほど遠くないのに、途中、観光客は二組ぐらいしか見掛けなかった。
やはりマニアックとおぼしき「海蔵寺」だが、訪れてみると、見所満載の寺だった。


海蔵寺


海蔵寺


「海蔵寺」の手前にある駐車場には、鎌倉名物巨大な穴が、ぽっかりと。


海蔵寺駐車場


海蔵寺駐車場


入口の右脇には「底脱(そこぬけ)ノ井」が。


底抜ノ井


この井戸にまつわる言い伝えは、長いので割愛するが、
江戸時代に鎌倉の観光名所として定められた十個の井戸、鎌倉十井のひとつらしい。


その奥の「海蔵寺」の脇道もなかなかワイルドだ。


海蔵寺わき道


境内に入り左手奥に進むと小路があり、
ちょっと行くとミニ「釈迦堂口切通」チックな岩のトンネルが。


海蔵寺トンネル


トンネルを抜けると「十六井戸」という名称の付いた窟がある。


十六井戸


覗くと真っ暗。


十六井戸


中には鎌倉時代から水が沸き続けているという16個の井戸があり、
中央に石造りの観音菩薩像が安置され、その下に弘法大師像を安置されているらしい。


十六井戸


何度見ても素敵だなと思う岩のトンネルをくぐって、「海蔵寺」の境内に戻る。


海蔵寺トンネル反対側


本尊の左手には、やぐらがいくつもあり、本尊の裏は美しい庭園になっていた。
(アングルが悪く、写真は撮れなかった)


海蔵寺本尊


海蔵寺やぐら


どうでも良い話だが、境内に紫色の花が咲いていて、アサちゃんは東京でも良く見かける花だという。


ディープパープル


俺は見たことないぞ!


名前はなんだろう?ということになったんだが、
アサちゃんから出てきた言葉は「ディープ・パープル」。


本当にレベルが低い会話だ。


「海蔵寺」を出て、近くにある「化粧(けはい)坂切り通し」へ行こうかとも思ったんだが、
大分疲れたし、もう4時を過ぎていて「ひら乃」で焼き鳥というモードになっていたので、
切り上げることに。


小町通りからちょっと入ったところにある「ひら乃」に向かう道すがら、
ぶっ壊れた自販や、線路内の謎の階段を逆から撮影。


壊れた自動販売機


階段


すると、アサちゃんが、「あれはなんだ?」と通りの突き当たりに何かを発見。


行ってみると「相馬次郎師常之墓」と書いてある。
後で調べたら、相馬次郎師常は「相馬御厨」という荘園の持ち主で、
源頼朝と共に奥州征伐へも赴いたという方でした、


相馬次郎


相馬次郎


相馬次郎


因みに「相馬次郎師常之墓」のすぐ隣は、普通に民家。
本当に鎌倉って不思議だ・・・。


「相馬次郎師常之墓」を後にして、
「ひら乃」を目指すと途中で「鎌倉市川喜多映画記念館」に出くわした。


川喜多


な、なぜこんなところに東和商事(現・東宝東和)を設立した川喜多さんの記念館が!?
って思ったら、川喜多さんは鎌倉にお住まいだったようで・・・。


この記念館はその邸宅を改修し、2010年4月にオープンしたそうな。
言われてみればそんなニュースを耳にしたような覚えがある。


鎌倉ディープツアーの最後が映画にまつわる場所というのも、
なんだからしくって良いなぁーと思いながら、最終目標地点「ひら乃」に辿り着く。


そして、「ひら乃」の入り口のドアを開けると、まさかの満席!!
待ちたいところだが、4時開店から間もないので、お客さんも早々には帰らないだろう。


仕方が無く、朝、1人で和田塚散策へと繰り出した際に、
たまたま見つけた昭和の匂い漂う「鎌倉中央食品市場」の一角にある焼き鳥屋「秀吉」へ行くことに。


店内は狭いので、店先にチョコンと置いてあるテーブル席を陣取り酒と串をオーダー。
仕方が無くって書きましたが、美味かったです!


しかし、焼き鳥しかないので、1時間も経たないうちに飽きが来ちゃいまして、
小町通り入り口にある「養老乃滝」へ移動。


アサちゃんは、この後、品川で用事があるから、6時半ぐらいにお開き。


でもまだ飲み足りないなぁ・・・。
普通の電車の中で酒を飲むのは気が引けるが、
確か横須賀線には、旅行気分を味わえる向かい合って座る座席があったはず!
ということで、駅のコンビニでビールとつまみを購入。


鎌倉駅のホームで電車を待つと、
滑り込んできたのは、普通に横並びの座席しかない湘南・新宿ライナー。


す、すみません・・・。
横なら並びのシートで、ビール飲んじゃいました・・・。
他の乗客の方々の視線が少々痛かった。


そんな感じで最後まで締りのない鎌倉ディープツアーだったのですが、
今回の旅行で、苦手だった日本史や寺院に少し興味を抱くことが出来ました。


そして、鎌倉の奥深さを感じることが出来ました。


更に自分が「穴フェチ」であることがわかりました。


歩行距離は、1人で歩き回った和田塚散策が約2.5キロ。
アサちゃんと合流して鎌倉駅東口を出てから、「秀吉」までが約15キロ。


かなりの距離を歩いたことになる。


幸い“二日後”に筋肉痛は襲ってきませんでした。
(30歳過ぎると、翌日ではなく、二日後に筋肉痛が来るんですよ)


鎌倉にはまだまだ奥深い場所がありそうなので、
2回目のディープツアーも実現させたいと思うに至りました。

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プロフィール

1974年、東京都生まれ。少年時代、ジャッキー・チェンの映画に魅了され、映画小僧の道を突き進む。大学卒業後、映画宣伝代理店に入社。『リーサル・ウェポン4』、『アイズ ワイド シャット』、『マトリックス』などを担当。

2000年、スカパー!の映画情報専門チャンネル「カミングスーンTV」転職し、映画情報番組の制作を手掛けたのち、2006年、映画情報サイトの運用に従事。その後、いろいろあって、2013年7月よりCS放送「エンタメ〜テレHD」の編成に携わっている。

本ブログは、多ジャンルの情報提供を志すT-SHIRT-YA.COMのオファーを受けて、2003年4月にスタート。2007年12月にブログ化。
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