2017年07月20日更新

千葉内房 PART3 鋸山頂上エリア

<千葉内房 記事一覧>
「千葉内房 PART1 保田駅〜日本寺参道」
「千葉内房 PART2 日本寺」




「千葉内房 PART2 日本寺」からの続き。


保田駅から日本寺の参道を歩き、
羅漢群を踏破した末に鋸山頂上エリア。


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これは内房総、保田駅方面。


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海と山に囲まれた地形は、鎌倉に似ている。


上の写真の巨石に登ってからの一枚。


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浦賀水道、東京湾の入口、浜金谷駅方面。


富津館山道路と内房線の線路が見える。


対岸は、横須賀辺りか。


こうやって見るととても近く感じる。


視線をそのまま左に向けると、
また断崖絶壁に展望台が。


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これが有名な地獄のぞき。


当然行きます!


柵を伝って、階段無しの岩場を登る。


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一番後方のリュックを背負った男性が恒川光太郎。


柵がなくて、自然のままだった石垣島のマーペーに登頂したことのある身としては、
柵が景観を損ねている!と思ったが、
登ってみると鋸山の地獄のぞきは柵がないと危ない。


地獄のぞきから正面に目を向けると、名もなき低山地帯。


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ここが関東地方の千葉県とは思えない。


地獄のぞきから眼下を見下ろす。


IMG_1055_RRr.JPG


人がいる。
何か下にあるようだ。


近くにだいぶいっちゃっている展望台があった。


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瑠璃光展望台というらしい。


ここから先程の地獄のぞきを見ると、
ウィキペディアや多くのサイトに使われている光景。


IMG_1057_RRr.JPG


鋸山の象徴となるのが良くわかる。


先端部分がシロクマの顔に見えるのは私だけ?


で、本日は平日。
仕事のメールが気になり、
スマホから確認すると即対応必須案件が…。


有休の平日、鋸山から上司に電話…。


メールもスマホも携帯もポケベルもない時代、
人々はどうやって仕事をしていたのだろうか?


そんな時代を生きたんだが、どうだったか忘れちまった。


なんて思っていたら、
恒川光太郎がチョコのお菓子を差し出してくれた。


一瞬仕事モードになってしまった小生に対する気遣いか。


ここからトイレ目的でロープウエィ乗り場へ向かう。


階段途中にあったコンクリ壁。


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不自然過ぎる。


軍事遺跡かも?


なんて思ったけど、違うかな…。


ロープウェイの手前に十州一覧台なる展望台があり、登ってみた。


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浜金谷駅、金谷港、フェリーが良く見える。


標高はたかだが329.4mの低山だが、
その眺望は大変魅力的だ。


十州の州は、昔の国。


相模・武蔵・安房・上総・下総・常陸・上野・下野国、
伊豆、駿河が一望できたことからこの名が付いたと思われる。


十州一覧台には、浅間神社が祀られていた。


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浅間神社と言えば、富士山。


天気が良くて空気が澄んでいる日は、
ここから富士山が見えるそうなので、
浅間神社が建立されたのでしょうか。


浅間神社は至る所にあるけど、
割と小さいものが多いが、
鋸山の浅間神社は、かなり大きい。


十州一覧台には、もうひとつ目を引くものがある。


天啓聖蹟の碑。


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解説板によると、
昭和6年(1931)6月15日、
世界救世教岡田茂吉教祖の受けた天啓を記念して建立。


なんでも岡田茂吉が弟子を連れて、鋸山に登り、
十州一覧台に立ったところ天に昇る光を見て、
「大宇宙の夜昼転換」という神の啓示を受け、
昭和10年に世界救世教を立ち上げたとのこと。


そんな縁があって、碑は昭和40年に建立。


新興宗教=カルト的なイメージがあるが、
世界救世教は、“ネットで調べた限り”そうではないよう。


ただ、岡田茂吉が脱税・贈賄の容疑で逮捕されたり(無罪判決)、
皮肉にも教団名が「救世」だからか、岡田茂吉が「急逝」したため、
内部分裂が起きたりとかあるみたい。


因みに『ブルース・ブラザース』は、
“I see the light!”の末、バンドを組みます。





因みに私は、ジョン・レノンの「GOD」という曲が信条です。


I don't believe in God


各々の信仰を否定するつもりは、全くありませんが、
世界史を学んだ身としては、
宗教は救済よりも争いを招くことが多いと認識しております。


それは現代でも変わらない。


恒川光太郎にトイレ確認をすると、必要なし。
小生も大丈夫そう。


なので、ロープウェイ乗り場には行かずに、
今しがた来た道を戻り、百尺観音を目指す。


緩やかな坂を上がっていくと分岐。


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右が地獄のぞき。
左が百尺観音。


ここでロープウェイを使ってここまで来たと思しき年配の女性が、
足が悪いからか頂上へ行くのを躊躇していたので、
「そんなにきつい階段ではないから、頂上まで行った方が良いですよ」と声を掛ける。


こんな会話も山ならでは。


我々は左へと進む。


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すぐ左側にあった階段。


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だいぶイッチャっているけど、登った先は雑木林。
なんの階段なのだろうか?


垂直な石壁。


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これも採石の跡のようだ。


通り抜けるとこれまた垂直な石壁に、
巨大な磨崖仏、百尺観音。


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世界戦争戦死病没殉難者供養と交通犠牲者供養のため、
6年の歳月をかけて昭和41年(1966年)にかつての石切場跡に彫られた。


建立から半世紀なので、それ程古くなく、
歴史的な価値は低いのかもしれないが、圧巻である。


この場所は四方石切り場だったのだが、
百尺観音の対面に文字が彫られていた。


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1937年8月10日に明大生が彫ったようだ。
どの時代にもバカはいるんだな。


ロープウェイで下山する予定だったが、
日本寺の反対側から浜金谷駅方面に自力で下山することにした。


以降、「千葉内房 PART4 鋸山登山道」へと続く。

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プロフィール

1974年、東京都生まれ。少年時代、ジャッキー・チェンの映画に魅了され、映画小僧の道を突き進む。大学卒業後、映画宣伝代理店に入社。『リーサル・ウェポン4』、『アイズ ワイド シャット』、『マトリックス』などを担当。

2000年、スカパー!の映画情報専門チャンネル「カミングスーンTV」転職し、映画情報番組の制作を手掛けたのち、2006年、映画情報サイトの運用に従事。その後、いろいろあって、2013年7月よりCS放送「エンタメ〜テレHD」の編成に携わっている。

本ブログは、多ジャンルの情報提供を志すT-SHIRT-YA.COMのオファーを受けて、2003年4月にスタート。2007年12月にブログ化。
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