2015年12月09日更新

「ヘブンメイカー スタープレイヤーII」(恒川光太郎)

たまには本の紹介をしましょう。


2015年12月2日に発売された恒川光太郎「ヘブンメイカー スタープレイヤーII」。


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昨年の秋に紹介した「スタープレイヤー」の続編。


異世界・フルムメアで「10の願い」が叶うスターボードを手に入れ、
戸惑いながらも成長していく前作の主人公・斉藤夕月。


続編ということで、夕月の冒険の後日譚かと思いきや、
恒川光太郎のブログ「コウタライン」には以下の記述が。


同一世界観の作品であるため、スタープレイヤー2とつけましたが、
前作を読んでいなくても、9割方問題ないかんじです。


今回の主人公は男なのですが、
なかなかの問題児。



そうきたか…。


単なる続編ではないことを知ったうえで「ヘブンメイカー」を読み始めた。


バイクで事故死した高校二年生の鐘松孝平。
一度死んだ人たちが、何もわからないまま集められた死者の町で、
秩序ある新しい社会を作りあげようとする「ヘブン」のパート。


思いを寄せていた女性の死から立ち直れない佐伯逸輝。
斉藤夕月と同じように籤を引いてスタープレイヤーとなり、
異世界で世界を変革していく「サージイッキクロニクル」のパート。


なぜ孝平たちは生き返ったのか?なぜ死者の町に集められたのか?


逸輝はスターを使ってどのような願いを叶えていくのか?


最初は関連のないように見える2人の冒険が次第に交錯しながら、
予測不能な物語へと読み手を誘う。


細かい伏線の張り方、整合性の取れた構成力、
言葉の選び方、どんでん返し、
前作との結び付け方などなど、流石でした。


2つのパートが徐々にひとつの線になっていく物語の中盤以降が、
読者が最もワクワクするであろう本作の核で、
小生も楽しく読んだのですが、読了後もっとも印象に残ったのは、
15Pからの「サージイッキクロニクルI」の章。
(何気ない最初の2行が超重要)


ここで佐伯逸輝の中学時代が綴られる。


美術の授業で絵を描いていると逸輝の隣に、
クラスメイトの華屋律子が座る。


「彼女と私の肩に夏服のシャツを挟んで触れあっていた。」


もうこの表現がたまらんかった。


さらに追い打ちをかける。


女子にここまで接近されたことがなく戸惑う逸輝は、
“シャンプーの匂いを放つ”華屋から、
「クラスメイトたちによる真夜中の集まり」に誘われる。


わざわざ「シャンプーの匂いがした。」の一行をぶち込む。


思春期真っ只中の男子は、イチコロだろう。


その後、逸輝と律子の付かず離れずの関係が描かれるが、
結局、2人が付き合うことはなかった。


その際の一文。


「中学生の恋の哀しさは、記憶の中では永遠になりこそすれ、
現実では決して永遠にはなりえないということだ。」



これにはグッと来た。


逸輝の中学時代のエピソードは、たった10ページ程度。
にもかかわらず、濃密。


自分の少し恥ずかしい恋心なんかも含め、
中学時代の記憶がいろいろと蘇ってきた。


「スタープレイヤー」の紹介記事のところに記した通り、
小生と恒川光太郎は、中学生時代の同級生である。


同じ空間を共にしたからこその共鳴があるのかもしれないが、
本当にこの逸輝の中学時代の切り取り方は、秀逸だった。


恒川光太郎がファンタジー小説家のマエストロであり、
ファンもその作風を望んでいることは百も承知だが、
意外と青春小説もいけるんじゃないかな?


さて、その恒川光太郎の作風ですが、
時代小説風の前々作「金色機械」と前作「スタープレイヤー」で、
一部のファンから“いままでとまるで違う”、
“恒川光太郎に求めているものではない”という意見が出た。


確かに「夜市」、「金色の獣、彼方に向かう」、
「風祭」といったダークで幻想的な作品群とは異なる。


でも全部が“らしくない”かというと、そんなことはない。


どちらも“恒川節”が多く散見する。


個人的には、“恒川節”を残しながらも、
少しずつ違うジャンルを取り入れていき、
どんどんと作風の幅を広げていって欲しい。


既存のファンは落胆するかもしれないが、
新たなファンを得ることだって出来るかもしれない。


デフ・レパードの「SLANG」。
メタリカの「LOAD」「RELOAD」。
メガデスの「RISK」。
ジューダス・プリーストの「TURBO」。
ハロウィン「CHAMELEON」。





多くの一流メタルバンドは、あまり“らしくない”アルバムを出している。


今はどのバンドも“らしさ”を取り戻しているが、
“らしくないアルバム”の経験が、糧になっているのは間違いない。


AC/DCのようにスタイルを貫いているバンドもあるけど、
「金色機械」「スタープレイヤー」シリーズを読むと、
恒川光太郎は、AC/DCタイプじゃないような気がする。


まだ若いこれからの作家だし、10年、20年、30年後を見据えて、
ひとつの枠にとらわれず、
スタープレイヤーの如く、“アッと驚く”ような冒険をして欲しいな。


って、なんだか「金色機械」「スタープレイヤー」シリーズが、
問題作のような書き方になってしまいましたが、
決して、そんなことはございません。


2005年に「夜市」でデビューしてから、今年で丁度10年。


この間、アンソロジーを除く著者単体作は11冊。
1年に1作品のペースであり、決して多作家ではない。


「ヘブンプレイヤー」は待ちに待った新刊だったが、
3日ぐらいで読み終えてしまった。


次回作まで、また360日ぐらい待つのかなぁ…。


そして、読んでみたいなぁ〜、
恒川光太郎のノスタルジー青春小説を…。

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プロフィール

1974年、東京都生まれ。少年時代、ジャッキー・チェンの映画に魅了され、映画小僧の道を突き進む。大学卒業後、映画宣伝代理店に入社。『リーサル・ウェポン4』、『アイズ ワイド シャット』、『マトリックス』などを担当。

2000年、スカパー!の映画情報専門チャンネル「カミングスーンTV」転職し、映画情報番組の制作を手掛けたのち、2006年、映画情報サイトの運用に従事。その後、いろいろあって、2013年7月よりCS放送「エンタメ〜テレHD」の編成に携わっている。

本ブログは、多ジャンルの情報提供を志すT-SHIRT-YA.COMのオファーを受けて、2003年4月にスタート。2007年12月にブログ化。
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